like attracts like―類は友を呼ぶ―

……[調査報告]

 アキハバラにて錯乱状態の女性を発見。

 女性の身体には多量の液体が付着しており、それらを異端の痕跡と判断し接触。

 放置された手荷物から身分証明データを拝見したところ、奇しくもカントウ中央大学の生徒だと判明した。氏名はマコト・ニッタ。

 先日受け取った乗船者リストの中にカントウ中央大学の生徒を確認済み。沈没事故との関連性を調査する。


 液体の採取は成功。変死体の画像と液体の関連性は現在確認できず。採取に使用したハンカチは郵送済み。成分分析をお願いします。


……[Re:調査報告]

 分析の結果、通常の生態系には存在しない遺伝子配列だったと判明。

 一方、米国サーバーに登録されている遺伝子情報と照らし合わせた際、ブレント・ビーンランドという男のものと極一部でありながら近似性が見られた。

 彼はLamia's Ark乗船者であり、間違いなく例の沈没事故に巻き込まれている。しかし、今現在も遺体は発見されていない。

 詳細情報については添付したファイルを参照。引き続き情報収集を求む。


 それと、最後にもう一つ。

 引き際を誤るなよ。肝に銘じておけ。


* * *


「……ええ、承知しています」

 受信したメッセージを読み返し、男は携帯端末をポケットにしまい込んだ。液晶の光が消え去る事で、辺り一帯は完全な暗闇に包まれる。


 一寸先も見えなくなり、五感を刺激するのは風の音と微かな雑踏、そしてアスファルトに染み入った雨の匂い。


 湿りきった静寂の最中、薄汚れた雑居ビルの壁面に忽然とネオンサインが浮かび上がる。

 青白く縁取られた『REEF』の文字列は、暗礁への入り口をつぶさに指し示していた。


 促された方向へ、男は躊躇いもなく足を踏み入れる。夜闇に紛れた下り階段が、男の身体を瞬く間に呑み込んでいく。


 最奥で彼を出迎えたのは木製品特有の心地よい香りと、ローズウッド製の両開き扉であった。

 辺りを囲う無機質な壁面とは相容れない材質であり、空間そのものが何処か異様な雰囲気を醸し出している。

 警戒心を抱きつつも、男はドアノブを握り締めた。

 男が手首に力を加えた途端、覗き窓から扇状の光線が放たれ、彼の鼻先は青白い閃光で縁取られる。光線はまるで値踏みでもするかのように照射角度を上下させる。


 一方その頃、セキュリティー室のモニターには取得した物理情報を基に威圧的な面持ちの偉丈夫が形成されていた。

 つまり、たった今扉に触れた男の容姿そのものである。

 読み取られた情報は彼の容貌に留まらず、身に付けた衣服や金属探知機能から予測される武装、骨密度や筋肉量から計測された身体能力など、詳細なステータスと共に全身像が作り出されていく。


 逞しい体格、180を優に越える身長、彫りが深く厳しい顔立ち。頭髪を右に流しつつ、左側頭部を刈り上げたアシンメトリーヘアー。前髪から覗く眼光は抜き身の刃のように鋭い。

 男は飢えた猛獣の如く、悍ましい程の執念深さでもって『何か』を見据えていた。

 しかし、最新鋭の防犯装置は、男を「脅威に値しない者」と見なす。


 ドアノブから不自然な重みが消えた。入店の許しを得た男はゆっくりと扉を押し開ける。

「いらっしゃいませ……お好きな席へ、どうぞ」


 亡霊の呻き声と聞き紛うような歓迎の挨拶。声の主はバーテンダーのトレイシー。彼はフードの奥底から金色の眼差しを男に向ける。

「アーヴァイン・コーウェンだ。予約していた」

「では、こちらへ……」

 案内されるがまま、アーヴァインは店奥のテーブル席に座ろうとする。

 彼が木製の床を踏み締めるたび、辺りに静かなざわつきが生じた。仄暗い店内を飛び交う視線は一様にアーヴァインを一瞥する。

 唯一、顔面の左半分がケロイド化した男と目が合った。

 彼は両腕を失くした黒人の女性とワインを酌み交わしており、女性は肩に装着したアームを用いてグラスを口に運んでいる。

 視線を返し、アーヴァインは気がついた。この空間内において、異質なのは自分自身の方なのだと。


 足取りを早めた矢先、目的の席を前にして、アーヴァインの動きが止まる。

 先客が既に腰を下ろしていたのだ。


 女だ。奇抜な出立ちをした、若い白人の女。

 艶やかな肌に一部を青く染めたセミロングのブロンドヘアー。首筋には螺旋状に並んだ二進数の刺青。華奢な身体が身に纏うのは藍色のパーカーとホットパンツデニム。

 一見して無防備のようだが、胸元に空いたパーカーの隙間から、拳銃のグリップ部分が僅かにはみ出している。

 そしてアーヴァインと同じく、この空間内において異質な存在。


「遅くなってすまない」

「別に、時間通りだよ。私が早く来ただけ……待つのが好きだから」

 今時珍しい紙媒体の本を傾け、女はテーブル上のグラスを差し示す。

 案の定、飲みかけだった。

「……満喫しているようだな」

「まあね」

「カクテルか、これは」

「そう。名前は……覚えてない。たしか、シークワーサー使ったやつ。酸っぱい」

「……」

 毛先を絡めた指先から、女の目線がアーヴァインへと移る。

 キャスケットの陰に佇むうつろな瞳は、グラスに浮かぶクラックド・アイスに等しい。

 一方、放たれた視線は熱を帯びていた。鋭く尖りうねったそれは情熱的でありながらも偏屈、それでいて妖艶だった。

「そんな詰まんない顔で突っ立てないでさ、早く座んなよ」

「……」

「アーヴァインの分、何か頼もっか?」

「いや、俺はいい」

 調子を狂わされたアーヴァインはぎこちない動作で腰を下ろす。


 彼の背もたれに付く指先、手の角度、脚の組み方、目線の先。何気ない一挙一動に至るまで女は目を離さない。

 まるで鎖に繋いだ猛獣を観察するかのように、彼女の眼差しには好奇と警戒、双方の意味合いが含まれていた。


「いつものカフェも良いけど、此処もお洒落でさ……いいお店だよね」

「……悪いがケアリー、俺は談話をするつもりはない。早々に話を付けよう。あくまでも、目的は商談ビジネストークだ。依頼通り情報を渡してくれ」

「ビジネストーク、か……じゃあさ、こういうのはどう?」

 ケアリーは嘲るような、或いは戯けたような口調でそう言うと、瞬く間に手元の端末を起動し、操作する。


〈beep〉


 アーヴァインのポケットから通知音が鳴った。


[口座入金:$500ー ]


 彼が取り出した端末の液晶には、口座に入金があった事を報せるメッセージ。

 金額に既視感を覚えるアーヴァイン。彼がケアリーに支払っていた前金と同額だったのである。

「どういうつもりだ」

「これはビジネストークなんでしょ。 今のご時世、聖人だって見返りを求めると思うけど」

「……」

 アーヴァインは微動だにせず、眉根だけを密かに寄せる。

「……一つ、頼まれてくれない?」

 声を潜めるようにケアリーは言った。

 唐突に向けられた真剣な眼差しに、アーヴァインは素早い瞬きで応じる。

「俺はあくまで依頼人なんだが……」

「殺して欲しい奴がいるの」

「なに……?」


〈clicking〉


 隣接した席にグラスが置かれた。

 厳かに張り詰めた空気が、二人の間に響いた音を膨張させる。


「……待て、話が見えてこない。不可解な点は幾つもあるが……何故、わざわざ俺を頼ろうとする?」

「単純な話。貴方が適任だと思ったからだよ、都市伝説の通り魔さん。いいや……うん、やっぱり、ブギーマンって呼んだ方が良いかな」

 ケアリーは微笑みながら目を細めた。対して、アーヴァインは冷徹な眼差しで相槌を打った。


 ケアリーとて、何の脈絡もなく突飛な行動に出た訳ではない。

 長期に渡って対象を観察し、記録した情報を彼女は自らの武器として手中に収めている。それらを計算に含めた上での行動である。

 加えて、身元調査の過程でケアリーは思い知らされた。

 俗世に蔓延る概念を覆し、生態系の理から逸脱した能力は、決して自分だけに許された唯一無二の特権では無いということを。

 

「誰だってそう、特に男。私を頼る連中ってね、どいつもこいつも浅はかで稚拙で、低俗な連中ばかり……ま、要するにカモなわけ。でもね、貴方は違う。よーく分かるよ……見ていたからね」


 そう言って、ケアリーは自身の端末をテーブルに置く。すると、複数のホログラム映像が中空に浮かび上がる。

 アーヴァインの視界に飛び込んだそれらの情報は、彼にとって重要な手掛かりになり得るものばかりだった。


 病的なまでに白い髪と白い肌、そして紅い瞳をした人物の映像。

 獅子のような頭部、蛇のような胴体を併せ持った生物が、路地裏から排水口に侵入する瞬間。

 ブレント・ビーンランドの葬式に参列する人々。

 そして、黒づくめの装いに、フルフェイスヘルメットを被った人物の後ろ姿。

「……!」

 アーヴァインは僅かに目を見開いた。彼の視線はフルフェイスヘルメットの人物に釘付けとなっている。


「依頼通りのもの、貴方の知りたい事は私が持ってる。ついでに、知られたくないこともね。悪くない取引でしょ。欲しい物がタダで手に入るんだから」


 暫し、アーヴァインは沈黙した。ケアリーは口角を緩やかに釣り上げ、アーヴァインから目を逸らさない。

 彼女の可憐な表情からは、酷くよこしまな感情が見え隠れしていた。


「……標的を教えろ」

「ノッてくれるの?」

「返答による」

 ケアリーが左手で端末を操作すると、ホログラム映像が目まぐるしく切り替わる。

 右手の人差し指は手持ち無沙汰と言わんばかりに天井を指し示し、淫な手付きで円を描き始めた。

「チェシャ猫はいつも高みの見物をしているものでしょ。悟られる事もなく、姿が見えないんだもの。ニヤニヤしながら少女の動向を見守るだけ、それだけでいいの。私も同じ。安全なシェルターの中で、液晶に光が灯りさえすれば、そこに私の観たいものが映りこむ。ついでに保存も出来ちゃう」

「分かるように話せ」

「貴方には見える? 今、右隣に居るんだけど」

 言われるがまま、アーヴァインは首を右に振った。


 瞬く間も無く、或いは瞬きに切迫するかの如き刹那、アーヴァインの視界は白く染め上げられた。彼の視界は気にも止めぬ程の小さな異常をきたす。

 蠢く陰影に、微かに歪むカウンター席、そして遠巻きに見えるバーテンダーの姿。やがて視界は整えられ、正しき景色を取り戻す。


 何かが起きた事をアーヴァインは察知した。

 彼は即座にケアリーを睨み付ける。

「……何をした」

「んー……姿を隠しただけ。あと、折角だから記念撮影」

「……」

「やっぱり見えないよね。まあ、普通はそうなんだけど……此奴らには見えていたみたい」

 掻き乱されたホログラム映像が伸び縮みを繰り返し、少しずつ形状が安定していく。

 やがて人影が映し出される。砂嵐が徐々に晴れていき、色を帯びた。姿形からして人間なのは明白だった。

 更に解像度が上がり、少しずつ、詳細が明らかとなっていく。


 光の粒子が象ったのは、薄ら笑いを浮かべた白い仮面、ロングコート、そして、身の丈程もある西洋剣。

 更に、背後で佇むもう一つの人影。


「此奴は……しかも二人組か……?」

「やっぱり気になる? 多分だけど、貴方や私と同類だよ」

「情報料は」

「これは……まあいいや、タダであげる。一方的な監視が出来てこその商売なの。このままじゃ、安心して仕事が出来ないじゃん」

「……事情は理解したが、まだ納得がいかない。俺とお前は利害の一致で成り立つ関係だ。いわば利用し合っているに過ぎない。ケアリー、お前は俺の事をどれだけ知っている? 企業秘密を明かす程、俺は信頼されているのか」

「そうだよ」

「……」

「何がどうあれ、この条件なら貴方は協力してくれる。そうでしょ、Mr.コーウェン」

 この商談が確かな打算に基づいているという事を、ケアリーの余裕に満ちた表情がこれ見よがしに物語る。事実、アーヴァインには断る理由が無かった。

 突き刺すような視線を更に尖らせ、アーヴァインは深い溜息を吐く。

「……分かった。条件を飲む」

「決まりだね。私達はビジネスパートナー。お互い頑張ろ」

「……」

 険しい表情のアーヴァインを他所に、ケアリーはお構い無しと言った様子で作業を進める。

 幾らか操作を終えたのち、彼女はアーヴァインの端末へデータの送信を始めた。


 その間、ケアリーはアーヴァインに対し神妙な面持ちで話し掛ける。

「さっきの続きだけどさ、俺の事をどれだけ知っているのか……だっけ?」

「……」

「これからは単なる取引相手じゃなくて、お互い色々と協力しあうわけだし、もっと仲良くなりたくて。だから、ちょっとくらい手の内を明かしておこうかなって。だから、さっき私の能力を見せたでしょ」

「……」

「ねぇ……貴方のこと、ジュンイチって呼んでも良い……?」

 ケアリーは囁き声でそう言った。

 間違いなく、ジュンイチという名を口にした。

「……!」

 アーヴァインは暫し膠着する。

 ケアリーは無垢な瞳を、少なくともそれらしい表情でアーヴァインを見つめた。

 その時、端末から通知音が鳴る。データの送信が完了した合図である。

「……好きにしろ」

 アーヴァインと名乗る男は荒々しく席を立つと、出口専用通路の奥へと姿を消した。


「あ〜……案外分かりやすくて、カワイイかも。あ、マスター。これ、ストロベリーのやつ頂戴。そうそう、ノンアルコールのやつ」


//to be continued……

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