Nothing ventured, nothing gained. ―虎穴に入らずんば虎児を得ず―
【華めく生活、光放つ煌びやかな街並み。美しく、高貴なる明光は地平線の彼方にすら届くと言われた。
時に、心地良く眩い閃光は、聡明な大衆でさえも盲者に貶めるという。】
これは今朝方読んだニュース記事の冒頭文。
トウキョウの有様を簡潔に表した、秀逸な一節だと私は思う。
人々は気が付いていないのか、或いは忘れているだけなのか。若しくは、群れに紛れた獣けだものが、より狡猾になったのか。
街中に散見する最新鋭の防犯装置とは裏腹に、犯罪件数は右肩上がりを続けている。
トウキョウはユートピアなんかじゃない。巧妙な落とし穴のように、安寧の直ぐ側には腐敗と暴虐が潜んでいる。
私の知りたい事はきっと、落とし穴の奥底にある。答えを得る為には自ら飛び込むしかない。
ふと思い立ち、鞄からマコトさんの携帯端末を取り出す。
起動を試みるものの、特にこれといった反応はない。
無理を言って取り出して来たけれど、何をどう操作しても、うんともすんとも言わないまま。
それでも彼女は、「アラームが鳴り続けている」と、そう嘆いて、恐れていた。
助けを求める声は、マコトさんにだけ聞こえているという事だろうか。
マコトさんに向けたメッセージは彼女にしか認識出来ない……?
「あれ……シナトさん?」
頭上で清涼な声が響いた。
心地良くて、爽やかで、それでいて特徴的な声調。聞き覚えがある。
顔を上げると、そこには私を見つめる美しい碧眼が二つ。
「やあ、奇遇だね。今日は病院へ立ち寄る予定があって、いつもと違う電車に乗ったんだ。まさか、シナトさんと居合わせるなんて」
急いで返事を入力しようとしたけれど、私が打ち込んだのは壊れたマコトさんの携帯だった。掲げた所で音声が出るはずもない。
やってしまった。
「それ、いつもの端末じゃないね」
焦る私を見兼ねたのか、アンダーソンさんはつり革から手を離し、支柱を掴み直した。
それから、両手の人差し指を近付ける動作をすると、手先で自分の胸元を仰ぐ。
「お会いできて嬉しい」という意味を込めた国際手話である。
「……っ!」
私は感謝と嬉しさと、照れ臭い気持ちとか、兎に角色んな感情が溢れてしまって……多分、はにかんだ表情をしていたと思う。
「少し勉強してきたんだ。それじゃ、僕は次の駅で降りるから。またね」
アンダーソンさんは右手を掲げ、指先を曲げたり伸ばしたりした。「さようなら」を意味する手話だ。私も手話で「また会いましょう」と返す。
アンダーソンさんは笑顔で電車を後にした。
これからノームの報告を聞く所だったから、何だか緊張していたのだけれど……お陰で、少し肩の荷が降りた気がする。
[Kitasenju station]
私の足音と機械音声がコンクリートに反射する。
電車を降りて駅のホームへと駆け上がった私は、手近な鉄製ベンチに座り込んだ。
待ち合わせ場所の目印は、三角帽子をかぶった人影だ。
[お待たせ、バーニー]
「マニカお姉さん。会いたかったよ」
[私もだよ。ところで、例のお願いの事だけど、危ない事は無かった?]
「うん、全然平気。先ず報告させて。マニカお姉さんが心配していた殺人鬼の事だけど、街中探し回っても手掛かり一つ得られなかった」
[私も収穫なし]
ノームの情報網にすら未だ掛からない……これは、彼等と同類の存在だということだろうか。
マコトさんの話を聞く限り、仮面の殺人鬼には奇妙な点が幾つもある。しかも、人目に付くような外見的特徴を伴うものばかり。
最新の不審者情報や犯罪警戒区域については、関東群警察が公式に情報を公開している。
例の事件があってから三週間以上は経過しているというのに、該当する案件は一つもない。
実際に警察署へ赴いて、紙媒体の資料にも目を通したものの、特に有益な情報は見当たらなかった。
今もこの街のどこかで息を潜めているのだろうか……まるで、存在そのものが霞のよう。
「良い知らせもあるよ。実はね、こっちが本命なんだ。見つけたんだよ、怪物の住処を」
「!」
驚きと喜びが全身に伝わって、私は、メッセージを入力するよりも先に小さく拍手をしていた。
「兄弟達は今、他に人が入ってこないか見張りをしてるんだ。今すぐ向かうかい?」
[本当にありがとう、バーニー、ベティ、ベイジル、ベン。出来るなら、今すぐ向かおう]
「これくらい朝飯前だよ。礼には及ばないさ。それじゃ、お姉さんの足元に失礼するね」
冷静さを崩さないまま、バーニーはベンチの影から私の影に移り込む。
「向かう先は、シモタニ小学校だよ」
[有名な廃墟だよね。今は解体工事中じゃなかった?]
「原因不明の機器の故障で中止してる。怪しいと思って念入りに調べたんだ」
シモタニ小学校は都内に残された数少ない廃墟の一つ。
一応、人が出入り可能な場所と立地。
もしかすると怪物は、マコトさんと再会出来る場所に姿を隠したのでは……。
「大丈夫、何があっても、僕たちがマニカお姉さんを守って見せる」
バーニーは力のこもった声で、私の背中を押すように言葉をかけてくれた。
私は、バーニーに向けてそっと頷いた。
//to be continued……
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