お年玉

 塾の冬期講習は終わり、寒い体育館での部活動も終了した。二学期が終わってからも習い事と部活動で時間を占めて冬休みらしいだらけた日はまだなかった。一体いつになったら自由に動けるか、自分で選択できる日は来るのだろうか。


 いつ物心がついたか覚えていないが、朧気な他人の記憶のように、母親に連れていかれるまま小学校の入学式に参加して、一学期の終わるまでに、こんな退屈な我慢だけの日日をあと六年間、そのうえさらに数年間も待ち構えているとは、人生は途方もなく長いものらしく、どうやら無数にいる大人、自分からしたらそこらにいるバッタと同じほど普通に存在する人達の全員が、こんな毎日を経ているとはとても理解できず、とにかくやっていられない日日の連続を乗り越えると、大人という、学校に行かない、勉強を強いられることのない立場を獲得できるらしい。ところがいまだその道程の最中にあり、我慢する日日はより重しを増して自分の両手足に足枷をつけてくる。あの初めの一学期は今の何分の一もない重さだったのに、当時は小さな体で精一杯支えていたから重く感じていて、今も体は大きくなったものの心の耐久力はむしろ萎んでいるようで、はたしていつまでこの学校生活という習慣に耐えていけるのだろうかと毎日の三食と同じ回数で一日の中に訴えかけてくる。


 小学校までは夏休みが最高の期間だった。夏も働かなければならない大人になったら、その貴い価値はより増して思い出されるだろうと中学生の今で思うのだから、燦然と輝く夏の陽光に反射する海面の煌めきは大人になったら女性に必ずプレゼントするであろう宝石の栄光と同じ価値と歓びを自分に見出して悩ませるのだろう。音楽の良さに気づく歓びと同じく、異性に近づける恍惚感を知れたことは、小学生の時の自分には得ることのなかった(ソウイッタ類ノ感情ヲ持ッタコトハアッテモ興奮ヲ体ニ感ジルコトハナイ)ことで、重荷の増した生活の代償としてなくてはならないものであり、日日さらなる競争へと突き進んでいかなければならないこの世界で喜んで競いたくなる分野として恋愛は自分に手を差し伸べてくれた。


 同じ部活ではないが、競技は一緒なので体育館に時間を過ごすことが多く、クラスが違うからこそ放課後の厳しい練習もなんら苦痛を覚えることなく(コレハ大人ノ世界ニアルSMト同ジダロウカ)、学校を休む程に体調を崩す以外には転がり込むように部活動を舐めまわした。想いは必ず通じ合うらしく、夏前から気になりだして毎晩布団が代わりの役目を果たしてくれたおかげか(今モソノ役目ハ変ワッテイナイガ……)、九月のとある日、夢に想っていた出来事は現実となる。部活動だけではなく、自分の通う塾(週ニ四回モ通ワサレテイル)に好きな女の子も通うようになる。苦痛としていたものが薬を落とされたことによりそっくりそのままの威力で反転して、どこかの歌詞にあったような狂おしい乾きの時間として、部活動の最中の小休憩に飲む清涼飲料水と同じ程の欲の対象として待ち望むようになる。しかしこれは部活動ですでに味わった反転であり(興味ヲ持ッテ始メテミレバ二週間デ耐エ難イモノトシテワザワザ自分ニ付加サレル始末)、塾の時間は部活動の効果の波及であり、肉体に対する苦痛への処置に続いて、頭脳に対しても同様のことを施してもらったことで、自分の中での文武両道を恋によって達成されただけでなく、塾仲間による小グループの交際が帰り際の談笑とコンビニエンスストア前での居酒屋活動により(大人ハコウイウ歓楽ヲ求メテ飲ミ歩クノダロウ)、コカコーラとポテトチップスで大人の酔う以上に思い出の画像として心へ強いエッチングで彫り込まれ、いつだって好きな色で複製画を刷り、好んで眠れない夜にして美術館を夢の中にまで引きずり込んで味わい尽くそうと、布団をもみくちゃにした。


 将来は自分の考えている以上にたやすく、女性と付き合うのはこうも簡単に思い通りにいくのだ。小グループの活動はコンビニエンスストアから近くの公園へと広がり、神社の祭りなどはゲームでいうボーナスステージになり、キノコを喰らって星をとっつかまえ、意気揚々としてコインを見つけ次第に踏んづけて、空へ回転させ、不安と緊張、狂喜と悦楽、血管の激しい収斂により、毛細血管すみずみまで恋が行き渡り、性の命令による肉体反応ははちきれんばかりに膨張する。そしてついに天皇誕生日の夜、事前に情報を手に入れていた自分はカウントダウンがいよいよ迫り、待ちに待った男女関係を手に入れることをテレビ番組の録画予約よりも確実なものとして、日付と時間を入力し損なわないように注意し、仲間内で素知らぬ態度をきめこんで事を進めた成果として、二丁目の公園のベンチに、すでに枯れた藤棚が天上を飾り祝福しているそばを呑気な野良猫が鳴いている中、どんな映画のワンシーンよりもロマンティックに、難易度の高いロールプレイングゲームのエンディングをむかえる心持ちで、一切は予期した通りに進んでしまったのだ。


 後は大人へ向かって思うままに挑戦していくだけだ。学業も部活動も塾も終わり、今年の残る数日を、初めて大人の関係(中学生ノ決メタ範疇トシテノ概念ニヨル肉体ノブツカリ合イノナイ)を結んだ相手へ存分に費やし(全人生ノ忍耐ハコノ時ノ為ニアッタノダ)朝から晩、家族との最低限の付き合いをこなしつつ、陶酔しっぱなしの数日を終えて年を明けて、眠たい目で朝方に家へ戻り、一人違った新しい自分の姿を親戚一同にお披露目して小癪な態度を表していると、大人からお年玉袋を渡される。もうこんなのいらないけれど……。幼児向けアニメのキャラクターがプリントされた原色のポチ袋に、自分の大人は千夜一夜のある話に出てくるランプの魔人だったらしく、どこからか聞こえてくる怒号によってみるみると吸い込まれてしまった。

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