第百八十六譚 未来へと繋ぐ希望を胸に


 両者の攻撃が、勢いよくぶつかった。

 大きな衝撃が発生し、大気を震わせる。


 大地を砕く斧と、大気を切り裂く雷の刀。二つの力は拮抗していた。


「ま、まだまだ、ぼ、ボクの力はこんなもんじゃないんだ……!」


 グッと、黄金の騎士が足を踏み込んで斧に体重を乗せる。

 手刀で対抗するプルメリアは徐々に押され、斧との距離が近くなる。


「くっ……!」

「か、顔を見たって無駄だぞ! も、もう既に見られてるんだ! み、見られたからには、き、君を殺すだけだ!」

「さっきから顔がどうとか、女だからとか……! 女々しい奴だな、そんなものが何だと言うんだ……!」

「き、君みたいに容姿に恵まれている人にはわからないよ! ぼ、ボクの気持ちなんか!」

「ああ、分からない! お前こそ、分からないだろう!? 私がこの容姿のおかげでどんな目に遭って来たのかを! それと同じだ、他人の心など読めはしない! だからこそ、人は対話をする! 話して、聞いて、その人が何を想っているのかを知る! それが、それこそが――今私たちがすべきことではないのか!?」


 押されていたはずのプルメリアが徐々に、黄金の騎士を押し返し始めていた。

 両手に貯め込んだ電気が放電を始めるほど大量に蓄積されたそれは未だ衰える事無く、プルメリアの想いに呼応するように強くなっていく。


「た、対話だって!? そ、そんなの無理だよ! じ、自分より弱い人とは対等に話す気がない! そ、それが人間なんだ! よ、弱い人は同じ土俵にすら上がれないんだ!」

「それは今までの話だろう! 何故そんな世界を変えようとしない!? お前がそれを知っているのなら、自ら率先して変えようとしなければいけないんじゃないのか!」


 プルメリアが力強く斧を弾き返す。

 その反動で大きく仰け反った黄金の騎士相手に、連撃を仕掛ける。


「自ら行動しなければ、何も変わらない! 何もせずに嫌味だけを吐くような者には、何も変えられない! 私は、それを教えてもらった!」


 電気を纏った攻撃が一度、また一度と黄金の騎士を襲う。

 焦げ跡は付いても傷が付かなかった鎧に、遂にヒビが入り始めた。


「な、なら! ど、どうすればいいんだ!」


 態勢を立て直した黄金の騎士は斧を力強く振り下ろして大地を砕く。

 その一撃を真横に跳んで避けたプルメリアは、両手の電気を短剣の形に変えていく。 


「た、対話だけで解決するなんて、そ、そんなの夢物語だ! だ、第一ボクらは一国の兵士! へ、兵士であるボクらは、お、王の命令には背けない! せ、世界を変えるには、か、各国の王を変えなきゃいけないんだぞ……!」


 プルメリアは電気の短剣を両手に構え、時間差で投げつけながら距離を詰める。

 その電気の短剣を防ごうと斧を構えた黄金の騎士だったが、それが無意味だったという事はすぐに分かった。


 斧で防いだはずのそれは、斧を貫通して黄金の騎士自身に当たる。

 

「な、なんでっ――」


 魔法耐性のない装備に魔法をぶつけたらどうなるか。答えは簡単だ。

 炎なら燃えるし、氷なら簡単に凍ってしまう。

 それが雷だった場合、帯電する事も逃がすことも出来ず、貫通する。

 

 プルメリアは、黄金の騎士の斧に魔法耐性がない事を見抜いていた。


「――確かに、夢物語だ。各国の王の心を変え、対話だけで解決する世界を創るなんてことは」

「く、来るなっ――」


 一気に距離を詰められた黄金の騎士は、焦りで何も考えずに薙ぎ払った。

 しかし、その薙ぎ払いを屈んで避けたプルメリアが左手で手刀を作る。


「だが、そんな夢物語を実現させるような者がこの世界にはいる。夢や希望を実現させる者――」


 左手はバチバチと激しい音を立て、眩い光を放つ。

 そして、その電撃をある一点目がけて穿った。


「私は、そんな勇者に全てを賭けた!」


 プルメリアの一撃は黄金の騎士の右腹――先程のヒビが入った部分に当たった。

 瞬間、ヒビは広がり、大きな音を立てて砕け貫いた。


 黄金の騎士は血反吐を零し、プルメリアにもたれかかった。


「さ、さっきの……で、電気の剣は、ひ、ヒビ入った個所を脆くさせる為……だったんだね……」


 プルメリアはゆっくりと前進し、もたれかかっている黄金の騎士を押した。

 いとも簡単に押され、仰向けに倒れた黄金の騎士は口から血を流しながら、言葉を発する。


「ゆ、勇者は、そ、そんなに……そんなに、す、凄い人なの……?」

「凄いというよりは、馬鹿なだけかもしれない」

「な、なんだ、それ……ははっ」

「ただ、主のおかげで私は救われた。それ以上に、多くの者たちが主に助けられたのは確かだ」


 その言葉に、黄金の騎士は目を瞑り、笑みを浮かべる。


「ぼ、ボクも……ゆ、勇者と出会っていたら、な、何か変われたのかな……」

「ああ、変われたはずだ。主はそういう男……周りにいる者を変えてしまう、不思議な男だ」

「……き、君と戦えて、さ、最後の最期で、変われた気がする……」


 血反吐を吐き、せき込む黄金の騎士。

 その横に立ち、プルメリアが顔を覗き込むようにして膝を立てた。


「……お前は少し過小評価なところがある。顔がどうとか言っていたが、別に何もおかしくはない。素朴で、とても穏やかな顔をした――普通の男だ」


 その言葉は、聞く人が聞けば馬鹿にされてるように聞こえたかもしれない。

 だが、黄金の騎士にとってはそうではなかった。

 彼にとってはどこにでもいそうな「普通の男」という言葉が、何よりも嬉しかったのだ。


「……あ、ありがとう。こ、心優しい、黒妖精の人……」


 震えた声で、そう伝える。その言葉を最後に、黄金の騎士は動かなくなった。

 動かなくなった彼の表情はとても穏やかで、どこか微笑んでいるように見えた。


「後の事は、任せてほしい。この先の未来がより良いものになるよう、私にできることを……」


 ゆっくりと立ち上がったプルメリアは、再び歩き始めた。

 

  

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