第百八十五譚 Wish of the Plumeria
風を切る音が聴こえる。
黄金の騎士が振り下ろした斧は空を裂き、大地を砕いた。
まるで稲妻のように素早く躱したプルメリアは、背後へと回る。
手刀を作り、魔力を消費して電気を纏わせる。そしてがら空きの背中に一突き繰り出したが、鎧に小さな焦げ跡を残すだけだった。
「くっ……」
「む、無駄だよ。ぼ、ボクを倒すことは不可能だ」
振り向きざまに、プルメリアの腹部目がけた蹴りを入れられる。その一撃は重く、両腕で庇っていても強い衝撃が走った。
後退りしてよろめくプルメリアに、さらなる追い打ちが仕掛けられる。
遠心力を利用した振り上げが眼前を通り過ぎる。
だが、掠ってすらいなかったそれはプルメリアの頬に傷を付けた。
「ぼ、ボクは黄金の騎士なんて呼ばれてるけど、昔は別の名で呼ばれていたんだ」
プルメリアの頬から静かに血が垂れていく。
「じ、『城壁』。そ、それがボクの二つ名だった。ど、どんな攻撃を受けても耐え続ける姿から、そう呼ばれるようになったんだ。そ、そんなボクに、君みたいにかよわい女の子が適う訳ないよ」
その言葉に、プルメリアの長い耳がぴくりと動く。
彼女は頬から垂れる血を指で拭うと、それを口に運び小さく舐めた。
「何と呼ばれていようが関係ない。私は私自身の目で見たものしか信じない」
「そ、そうは言っても、本当に君じゃボクを倒せないよ。お、女の子の君がどうしてそこまで戦うの?」
次の瞬間、黄金の騎士の眼前からプルメリアの姿がフッと消えた。
それを理解した頃には、右脇腹に強い衝撃が訪れていた。
「い、いつの間に……」
衝撃により、黄金の騎士がよろめく。
その姿こそ、彼女の攻撃が効いているという証になった。
「随分と脆い城壁だ。もう少し強固な城壁を想像していたんだが」
手に電気を帯びたプルメリアが手首を鳴らす。
その電光は先程よりも強くなっていた。
「……す、少し君のことを甘く見てたようだね」
黄金の騎士は斧を構えなおすと、プルメリアとの距離をじりじりと詰めていく。
だが、プルメリアには間合いなど関係なかった。
誰よりも早く距離を詰め、誰よりも早く電撃を繰り出す。
何者にも捉える事が出来ない速さを。
何者にも止める事が出来ない速さを。
プルメリアが稲妻のごとく跳び出し、瞬時に黄金の騎士との距離を詰める。
そして、両手を胸部に当ててため込んでいた電撃を一気に放った。
体を貫通するような電撃が走る。
黄金の騎士は血反吐を吐いたような声を出すと、咄嗟にプルメリアを掴もうと腕を伸ばす。しかし、プルメリア自身が放つ電気に一瞬の躊躇いを見せた。
「そうか、痛みが怖いのか」
「な、なにを……」
「今まで多くの同胞を――人々を傷つけておきながら! 自分が傷つくことを恐れるなんてふざけている!」
膝を折り小さく屈むと、後方に宙返りする勢いで黄金の騎士の顔を蹴り上げる。
意表を突かれた黄金の騎士はなにが起こったのかわからず、ただ呆然としている。その状況を理解するのはそう遅くはなかった。
だが、そのほんの少し。体感で感じられるかどうかの瞬間をプルメリアは逃さなかった。
「誰かを傷つけるなら、自分が傷つく事を恐れるな! 誰かを傷つけるという事は、そういう事だ!」
体にまとっていた電気を全て右手に集中させたその一撃は、黄金の騎士が倒れるには充分なほど強烈なものだった。
膝から崩れ落ちた黄金の騎士は肘を付き、血反吐を零す。
衝撃に耐えられなくなった兜が地面に落ち、黄金の騎士の素顔が露わになる。
それに気づいた彼は、顔を隠すようにしておもむろに立ち上がると、今までよりも大きく声を張り上げた。
「み、見たな! ボクの顔を!」
怒鳴るように声を上げた黄金の騎士は、冷静さを欠いているようだった。
「き、傷つく事を恐れるな!? ふ、ふざけるな! ボ、ボクはこれからも傷つかなきゃいけないのか! こ、この顔のせいで、ボクは散々傷つけられてきた! あ、あいつらに自分が傷つく覚悟なんてなかった! た、ただ楽しんでたんだ!」
その怒号を受けても尚、プルメリアは表情を変えずにじっと。黄金の騎士から目を逸らさずに見つめている。
「あ、あれだけ傷ついたんだ! な、ならボクも誰かを傷つけたって良いじゃないか! そ、そうだこれは復讐なんだ! ぎ、偽善者も、わ、悪い奴も、ボクが倒すんだ!」
「そうか、お前も過去に傷を負っているんだな」
「ど、同情なんていらない! ぼ、ボクを庇う奴は誰もいなかった! け、結局みんな、じ、自分が可愛いだけの偽善者なんだ!」
「確かに。この世界の人々はそういう者たちが多くいる。他種族をまるで玩具のように扱う者もいれば、自分可愛さに上の者にへりくだる者も多い」
そう言うとプルメリアは、静かに笑みを浮かべた。
「だが、そうじゃない者もいる」
その小さな笑みに一瞬だけ目を奪われた黄金の騎士は、すぐに我に返って声を荒げる。
「そ、そんな人いるもんか! も、もしそんな人がいるなら偽善者か余程のお人好しだよ!」
「ふふっ、そうだな。本当に、お人好しだ」
「そ、それはもしかして再誕の勇者のこと? あ、あいつだって人間。せ、世界を救いたいとかそんなの建前に決まってるんだ!」
「私も初めはそう思ってた。だが、違った。主は、誰かの為なら傷つく事すら躊躇しない――自らを犠牲にして世界が救われるならそれで良いと。そう思ってしまう本当の大馬鹿者」
かつて、奴隷だった自分を救ってくれたお人好しの魔導士。森の中で彼女を優しく見守っていたシルヴィア。
そんな人たちに救われていたプルメリアだが、過去のトラウマを乗り越える事は出来なかった。
しかし、ある青年はそんな彼女を救ってみせた。
過去のトラウマも、自らの命も、全てあの勇者に救われたのだ。
誰よりも強く、誰よりも優しい心を持つ彼だったからこそ、プルメリアは主と慕ってここまで着いて来た。
「そんな男だからこそ、私はここにいる。ここに立っている。主の願いを叶えるために、何より私たちの世界を救うために、私は負けられない」
再び、両手に電気が流れる。
プルメリアの瞳に、迷いはない。
「続けよう。私はお前に勝ち、主と共にこれから先の未来を――外の世界を見る。それまでは絶対に、負けるわけにはいかない」
「……な、なおさら、ぼ、ボクは君に負けられなくなった。き、君みたいに夢ばかり見る奴には負けられない……!」
両者の攻撃が、勢いよくぶつかった。
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