第百五十六譚 それは、とある男の儚い願い


 全身全霊を込めた一撃が、ギルヴァンスの身体を捉える。

 大きな断末魔の叫びを上げながら、ギルヴァンスは膝から崩れ落ちた。


 途切れ途切れの呼吸音が聞こえる。

 ギルヴァンスは血反吐を吐き、今にも倒れそうになりながらも笑みを浮かべた。


「ク、クハハ……。最高だ、これが……貴様の力か……」


 俺は構えを解き、奴を見下ろす。


「俺だけじゃない。俺を支えてくれた――俺という人物を創り上げた皆がいるから、俺は俺として生きていけるんだ」


 今までに出会った多くの人たち。

 彼らとの思い出が、俺を形成している。


 誰か一人でも出会う事が無かったら、それはもう今の俺じゃない。全く別人だ。

 

「それが、仲間を信じた者の力、というわけか……。フ、フフフ、馬鹿馬鹿しい……」

「馬鹿馬鹿しくなんかない。確かに一人でも凄く強い奴なんて多くいるけど、一人じゃ戦えないって奴だっている。だから、俺たちは支え合うんだ。一人でダメなら二人、二人でダメなら三人。そういう強さだってあるんだよ」


 俺の言葉に、ギルヴァンスは笑いながら胡坐をかく。


「理解、できんな……。一人で戦えない者など、捨て置けばいいだろうに……」

「それが、お前が独りの理由だよ。別にいいだろ、一人で戦えなくたって。誰かと一緒だったら戦える、ならそれでいいじゃないか。必ずしも一人でなんでもしなくちゃいけないなんて決まりはないんだから」


 時には支え合い、助け合う。

 そうやって、俺たちは生きてるんだ。


 誰かに頼ろうともせず、一人でなんでもやろうとする奴は必ず失敗する。

 俺自身がそうだったから。


「……じゃあな、ギルヴァンス。もし生まれ変わったその時は、誰かを頼るってこと忘れるなよ」


 そう言って、俺は長剣を構えようとする。

 しかし、腕に激痛が走り、肩すらまともに上げられなかった。


 俺は振り上げようとしていた腕を下ろし、ギルヴァンスに背を向ける。


「待て、アルヴェリオ……」


 一歩足を踏み出した瞬間、ギルヴァンスに呼び止められる。


「まだ何かあるのか?」

「貴様は、何故生まれついた時から職が決められているのか……疑問に思った事はないか……?」

「……疑問?」


 突然の問いかけに、思わず聞き返してしまった。


 この世界は、生まれたその瞬間から天職というものが決まっている。

 戦士系統とか僧侶系統とか、そういう類。


 俺はそういうものだと思って、何ら疑問はなかった。

 そういう世界なんだろうと割り切っていた。


「この世界がそういう風にできてるからじゃないのか?」

「クハハ……、よくわかっているじゃないか。そう、この世界はそういう世界なのだよ……」

「……何が言いたいんだ?」

「まるで……世界が管理されているようだと、感じないか?」


 管理だって?

 そんな事、一度も考えた事が無かった。

 

 言われてみれば確かにそう思えるかもしれない。

 だけど、考えすぎな気もするけど。


「なら、仮に管理されてるとしよう。だとしたら管理してるのは誰なんだよ?」

「神だ」

「……神?」

「女神アディヌ。女神キルテリアス。男神エーテファルリア。この三神の、誰か――もしくは全員が、この世界を……管理している」

「……あのな、神だったら管理ぐらいするだろ? それのなにが――」

「忠告だ。神を信じすぎるな」


 血反吐を吐きながら、俺にそう伝えるギルヴァンス。

 奴の顔からは笑顔が消え、真剣な表情だった。


「どうしてそんな事を俺に……?」

「クハハ……! さあな、貴様に毒されたのかもしれないな」


 そしてまた、何事も無かったようにギルヴァンスは笑みを浮かべた。


「……そうか。あんたの次の人生が良いものであることを祈ってるよ」


 俺の言葉に、ギルヴァンスは静かに目を閉じる。

 それを確認し、俺は再び背を向けて階段を目指す。


 次の瞬間、背後から迫る殺意を感じ取る。


 振り向きざま、地面と水平に長剣を振るう。

 その剣先は、先程まで寝ころんでいたギルヴァンスの身体を裂く。


「上出来だ……!」


 その言葉を最後に、ギルヴァンスは完全に崩れ落ちた。


 こうなるんじゃないか、って思っていた。

 あのギルヴァンスが簡単に何かを諦めるわけがないって。


 だから、ぎりぎりまで力を溜めていた。

 おかげでもう腕が完全に上がらないけどな。


 なんにせよ、これで一族の恨みを――アルヴェリオの仇はとれたわけだ。

 身体を使わせてもらった礼、にはなったかな。


 長剣を収め、目の前に続く階段を上り始める。

 ふらつきながらも、一歩一歩着実に。上で待つロベルト、メリア、セレーネのもとへ。


 しかし、あと半分というところで、俺の身体は限界を迎えた。

 足を踏み外し、体勢を崩す。

 

 その時、俺の身体は力強く何かに引っ張られ、落ちる事無く踏みとどまる。

 俺はゆっくりと後ろを振り返る。


「どうしたんだい? 勇者ともあろう者がふらふらじゃないかい」


 そこにいたのは、皮肉を言いながらも優し気な表情で俺の身体を支えていた妖精族の王子。

 親友とも言える、ジオが立っていた。


 そしてまた、俺の身体を支える力が二つ増える。


「本当、無茶しすぎなのよ」

「でもそれがアルっちだもんね! 仕方ない仕方ない!」

「お前ら……」

「言いたい事が山ほどあるからね、迎えに来たよ」


 俺は大切な仲間たちに支えられながら、もう一度階段を上り始めた。

 こうして、俺たちは再開を果たした――。






□――――キテラス大陸:キテラ王国:四階階段前






 この場を去ろうとする青年に、一人の男が背後から襲い掛かる。

 だが、青年はその時を待っていたかのように、男を斬った。


「上出来だ……!」


 斬られた男は笑みを浮かべながら、自分を斬った青年の顔を見る。

 

 自分が愛した女性によく似た顔立ちをしている青年を見て、男は散り逝く刹那に走馬灯が浮かぶ。


 自分が生まれ育った故郷での思い出。

 それは決して全てが不幸なものではなかったと男は思う。


 母には捨てられ、妻を殺され、一族を滅ぼした。

 だが、その人生の中で、妻と――息子と過ごした時間。それだけは、ずっと忘れることが出来なかった。


 村のしきたりである神への生贄として妻が選ばれ、男は世界を、人生を呪った。

 一緒に逃げようと妻にも提案したが、妻はいつも笑顔で首を横に振った。


 愛する家族が幸せに暮らせるのなら命ぐらい惜しくない、と。


 そして、妻は殺された。

 だから、男は計画を立てた。


 世界を支配し、この世界を管理する神へと至って愛する者を生き返らせるという計画。

 誰に何を吹き込まれたのか、男は何も語らなかった。


 全ては愛する妻の為。

 全ては愛する家族を守るため。

 それが男の計画だった。


 結果的には、何も上手くいかなかったが、それでも男は満足していた。


 中身は違えど愛した子供の手によって、愛した妻のもとへと逝けることに、男はどこか嬉しかったのだ。


 男は薄れゆく意識の中、愛する家族の名を口にした。


「今逝くよ。エルヴィラ、アルヴェリオ……」


 それを最後に男は息を引き取った。

 

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