第百五十五譚 限界を超えた一撃


「セレーネ……どうしてここに……」


 俺がそう言うと、セレーネは険しい表情で怒鳴る。


「それはこちらの台詞です! キテラ王国で爆発がしたと思えば、貴方は一体何をしているのですか! ――いいえ、まずはこの場を切り抜けることだけを考えましょう」


 セレーネは空色の髪と黒いマントをたなびかせながら、ギルヴァンスに槍を向ける。


「――槍?」


 槍。それはセレーネがエネレスとして戦う際に使用していた得物。

 俺といる時は常に長杖だったセレーネが、どうして槍を持っているのか素直に疑問を抱いた。


 それに、あの構え方。

 俺が見た時よりも遥かに、らしくなっている。不格好ではなく、むしろ凛々しいと感じるほどに。


 そう思ったのは俺だけではないようで、ギルヴァンスも不思議そうに問いかけた。


「……その構え、エネレス。あれほど嫌がっていた槍なのに、何故そうも変わった? この数か月の間に何があった?」

「決意です」


 ギルヴァンスの問いかけに、セレーネは即答した。


「私は、今までずっとアル様たちを騙して旅を続けていました。ですが、私の正体を知っても尚、私の事を仲間だと……守るべき存在だと言ってくれた方がいるのです」

「……だからなんだと?」

「私はもう、嫌なのです。守られているだけで何もできないような者にはなりたくないのです! 私は、アル様と共に戦うと決めたのです! アル様の後ろを歩くのではなく――隣に寄り添って歩みたいのです! だって……支えると、誓ったから!」

「セレーネ、お前……」


 セレーネの言葉が深く胸に突き刺さる。

 

 俺はずっと、仲間は守るべき存在で、危険な目に遭うのは自分だけでいい。ずっとそう思って来た。


 でも、本当は違うのかもしれない。

 俺が守りたいと思っている人の中には、セレーネのように守られる存在ではなく――守り守られる関係を望んでいる人もいるかもしれない。


 そうか……、頼っているつもりが全然頼れていなかったみたいだ。

 まったく、三度目の人生で新しく気づかされることが多くて困ったもんだよ。本当にさ――。


「クハハ! そうか、なるほど! 素晴らしき絆だな、まったく反吐が出そうだ! 信頼? 絆? 愛? そのような感情は一切必要ない、むしろ邪魔だ! 強さには何の関係も無い!」

「……いいえ、騎士ギルヴァンス。誰かを大切に想う感情は、時に人を成長させるものです。信頼しているから安心して戦える。絆があるから痛みを分け合える。愛があるから守りたいと強くなれる――。人はそういう者だと、私も知りました」

「――その通りだ。俺たちは独りで戦っているんじゃない。信じる仲間と、守りたいと想える仲間と共に戦うからこそ、強くなれるんだ」


 膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。

 ギルヴァンスによって貫かれていた右の太腿、そして左腕からは、いつの間にか痛みが消えていた。


「ありがとう、セレーネ。やっぱりお前の回復魔法は最高だよ」

「いいえ……。きっとこれも、誰かを守りたいと想う気持ちがあるからこそ、だと思います」


 セレーネがこちらを向いて少しだけ微笑む。

 

「アル様、これを」


 セレーネはギルヴァンスを警戒しながら、腰に差していた長剣を俺に手渡した。


 その長剣は軽く、一度も見た事が無い綺麗な装飾が施してあった。

 だが、よく見ると見覚えがある模様などが刻まれていた。


 鞘には獅子の顔と二本の剣。柄には光と平和を願う旗。鍔は妖精の羽のようなデザインで、中心には光輝やく青い宝石がはめ込まれていた。


「これ……もしかして……」

「ジオさんとアザレアさんの提案で、四ヵ国が力を合わせて造り上げた世界に一つしか存在しない剣です。トゥルニカの国王様は、その剣を『勇者の剣』と呼んでいましたよ」


 ギルヴァンスはじっとこちらを見たまま、動く気配すらなくただ待っている。

 多分、より強くなるならいくらでも待つってことなんだろうけど、そっちがその気ならこっちだって好きにさせてもらう。


 俺は柄を握り、鞘からゆっくりと引き抜く。

 綺麗な音を立てて、抜き出された剣は、驚くほど俺に馴染んだ。


「なんともまあ、良い話だ。哀れ過ぎて涙が出てきそうだ!」


 ギルヴァンスが拍手をしながら、滑稽だと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「私の計画に貴様らは必要ない。アルヴェリオを捕らえ、それ以外の無能な者どもは全員あの世に送ってやろう」


 俺はセレーネの隣に立ち、勇者の剣を構えた。

 

「残念だけど、そうはいかないぜ。お前はここで俺に倒されるんだからな」

「その通りです。騎士ギルヴァンス、貴方は今ここで――」

「いや、セレーネは玉座の間に向かってほしい」


 俺の言葉に、セレーネが意表を突かれたような声を上げた。

 そして、今の言葉を理解したのか、セレーネは反論する。


「なっ何故ですか!? 私は戦えます! 貴方の隣で共に戦うと――!」

「玉座の間に、俺の命の恩人が怪我をして倒れてるんだ。セレーネにしか頼めないんだ、頼む。回復してやってくれないか?」


 そう言うと、セレーネは一度俯くが、すぐに顔を上げて力強く頷いて階段を上がっていった。


 それを見届けた俺は、再びギルヴァンスに向き直る。


「……じゃあ、始めようぜ。俺とお前の最終決戦」

「フフフ……! 良い目だ。それほどまでにエネレスの力は大きいのか」

「まあな。あいつがいる限り、俺は常に全力で戦える。あいつが後ろにいるってだけで、おのずと力が湧いてくるんだよ」

「馬鹿馬鹿しい。そのような感情、戦いの場では妨げにしかならないだろう?」

「さてな。でも、すぐにわかるはずだ。独りで戦うお前と、仲間を信じて戦う俺……どっちが強いのかどうか」


 俺の言葉に、ギルヴァンスは高々に笑う。

 そして、剣を構えると俺の方を見てにやりと笑った。


「では見せてもらおう! その感情が正しいのかどうかをな! アルヴェリオ!!」

「ああ、勿論。――“実幻リアライズ”」


 そう唱えると共に、俺の周りに五本の剣が現れ、ふわりと宙に浮いた。


「……なんだ、その魔法は? ――いや待て、まさか……覚醒したのか!?」


 ギルヴァンスの表情が険しくなる。

 どうやら、この魔法は想定外だったらしい。


 恐らく、アルヴェリオの魔力を封印していたのもこいつだ。

 だから、今こいつは覚醒したのかと聞いてきたんだろう。


「これが、俺の切り札だ」


 俺は五本の剣に意識を集中させる。

 五本の剣をギルヴァンスに向け、俺自身も長剣を構えた。


 本当に、これが俺の最後の攻撃になる。

 婆さんに何度も言われていた限界の三回を超え、四回目の実幻だ。


 五本の剣を持続させている魔力も、多分あと数分ともたない。

 今にも吐きそうで、頭も痛いしクラクラする。


 だから、これが最後の一撃。


「フフフ……クハハ! 良いぞ、最高だ! やはりアルヴェリオ、貴様は私の自慢の息子だ!」

「なにが息子だ。道具としか思ってないお前に、父を名乗る資格なんてない」

「いいや、資格など必要はない! 事実であるからな!」

「そうかよ……。なら、俺が『息子』として、引導を渡してやる。今日で、お前との因縁を終わらせる!」


 その言葉を最後に、しばらくの沈黙が流れる。


 思えば、ギルヴァンスと対峙するのはこれで三度目だ。

 一度目はエルフィリム。二度目はドフタリア大陸。

 三度目が、ここキテラ王国。


 随分と、神様も粋な計らいをしてくれるもんだ。


 そして、俺たちは同時に飛び出した。

 言葉を発する事なく、ただ目の前にいる男を倒す。その一心しかなかった。


 五本の剣を全て、ギルヴァンス向けて放つ。

 放たれた剣は、不規則な動きで舞うようにギルヴァンスに襲いかかる。


 ギルヴァンスはそれらを受け流しながら俺のもとへ向かおうとしているが、五本の剣の猛攻で、足が一歩も前に動けていない。


 俺は長剣を握りしめ、ギルヴァンスの姿を捉える。

 この先、俺の身体がどうなろうと構わない。

 だけど、今だけ。数分――いや、この一瞬でいい。

 もってくれよ、俺の身体。

 

 力を貸してくれ、アルヴェリオ・・・・・・


 腰を落とし、深く構えた俺は肩の力を抜く。

 そして、自分の足に力を込めて地面を蹴り出した。


 一瞬で間合いを詰めた俺に、ギルヴァンスが剣を振り下げた。

 その瞬間、五本の剣がギルヴァンスの手元に集中して攻撃を加える。


 ギルヴァンスの剣は遠くに弾き飛ばされ、奴の手も傷だらけになる。

 苦悶の表情を浮かべ、よろける奴の隙を――俺は逃さなかった。


「受け取れェェッ!!」


 一閃。

 全身全霊を込めた一撃が、ギルヴァンスの鎧を砕き、奴の身体を深く斬った。


 大きな断末魔の叫びが、この場に響いた。

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