第百五十二譚 可能性が少しでもあるのなら


 走る。ただひたすらに走る。

 心臓がばくばくと速く鳴り続けている。息も大分上がっている。


 それでも、俺は足を止める事無く走り続ける。


 休みたいなんて思わない。

 歩こうなんて思わない。


 急がなくちゃならない理由があるから、走っている。

 終わらせなくちゃいけないから、走っている。


 いつかこんな日が来ると思っていた。

 大切なものどちらか片方を選ぶよう迫られる時が来る事を。


 俺は、どちらも両方取ってみせる。なんて心構えはしていたけど、実際に遭ってみるとそんなことは考えられなくなる。

 さっきだって、俺はどちらかを捨てる事を考えていた。

 反射的に。当然のように。


 そこで、俺は迷っていた。

 ロベルトを捨てるか、婆さんを捨てるか。

 迷っちゃいけないはずなのに、どちらか片方を捨てる事を考えていた。


 でも、違うんだ。そうじゃないんだ。

 やっぱり、俺はどちらも救わなくちゃいけないんだ。


 そう決めたから。そうありたいと思っているから。


 婆さんが言ってくれた迷うなという言葉を聞いて、俺はやっと自分がしなくちゃいけない事に気づいた。

 何が大切で、今やらなきゃいけないことは何か。


 そんな事は考えなくてもわかる事なんだ。

 

 両方大切で、その両方を救う為に全力を尽くす。

 ただそれだけなんだ。


 こんなに自分が惨めだと、恥ずかしいと感じたことはない。

 

 だから、俺は止まるわけにはいかない。

 大切な人たち、支えてくれる人たちは絶対に死なせやしない。

 絶対に救うんだ。






□■□■□






 王城は全部で五階層に分かれている。

 その最上階――つまり第五層、そこに玉座の間がある。


「この階段を上れば最上階だ! 準備は良いな!?」

「問題ない! 私はいつでも戦える!」


 途中、メリアと合流し、俺たちは最上階へと続く階段を上っていた。

 合流したときのメリアは、何かに怒っていたような様子だったが、今はもう落ち着いてきている。

 いや、違うな。逆にやる気に満ち溢れている。


 何があったかは大体察しがつく。

 婆さんがメリアを邪魔者扱いして俺を追うように言ったんだろうな。


 まったく、そうだと思うと何だか腹が立ってくる。

 俺の心配するよりも自分の心配をしたらどうなんだよ。戦力は合った方が良いだろうが。


「メリア、さっさと片付けて婆さんに言いたいこと言いに行こうぜ!」

「賛成。私も色々と言いたい事がある!」


 階段を上るペースが上がる。

 視界には玉座の間に続く扉が少しづつ映ってきた。


「扉を一気に壊せるか!?」

「任せてほしい。その手の事は得意だからな!」


 俺の言葉に、メリアは雷を拳に纏わせ、扉目掛けてそれを飛ばした。

 メリアの拳から放たれた雷撃は光線のように一直線に扉を穿つ。


 扉は大きな音を立てて破壊され、中の様子が確認できた。

 

 階段を上り切った俺たちは、一気に玉座の間に入り込む。

 玉座の間では、二人の男がにらみ合って立っていた。


「ロベルト!」


 俺の声に、ロベルトは頷いて応える。

 

 ロベルトの目の前に立つのは、王冠を頭に乗せた一人の老人――キテラ王だ。


「ギルヴァンスは何をしておるのか。虫けらが今度は二匹も儂の視界に映りおったわ」

「父上、おとなしく降伏して下さい。そうして戴けるなら命は取りません!」

「降伏? 虫けらごときが数匹入り込んだ程度で大げさな。馬鹿馬鹿しい」

「虫けらではありません! 彼らは立派な人です! 昔から他人を人と扱おうとしない父上のやり方には我慢なりません! これ以上、この国の民を苦しめるのは止めて下さい!」


 ロベルトの言葉をキテラ王は鼻で笑った。

 そして、俺たちの事を本当に何とも思っていないのか、背を見せて玉座に向かう。


「あの女神にも困ったものだな、まさかこの程度の事を警告するとは」


 そう言いながら玉座に座るキテラ王。

 王の話した言葉の中で、俺は一つの単語に引っ掛かった。


「……女神? どういう事だ……?」

「誰が虫けらなんぞに話をするか。儂はこの国の王なるぞ、虫けらと戯れている暇など無いわ」

「父上! 女神とはどういう事ですか!」

「ロベルト、何を勘違いしておるのか知らぬが、お前も同じだ。虫けらの話に付き合っている場合ではないのだ」


 やっぱり、この国の王は駄目だ。腐ってる。

 人を人と見ないどころか、自分の息子さえ人と思っていない。


 こんな奴が国のトップだったなんて……今まで他の国はどう接してきたんだ。


「もう話は済んだか? では去れ、虫けらと同じ空気を吸っているのは身体に悪いのでな」

「……やはり話は聞いて下さらないのですね、父上。では仕方がありません、この国の為、死んで戴きます!」


 ロベルトは大声で怒鳴りながら、背負っていた大剣を持ち構えた。

 キテラ王はそれを見て口角を上げて笑みを浮かべる。


「だそうだぞ、これは立派な反逆罪であろう? ギルヴァンス・・・・・・


 キテラ王の視線の先――玉座の間の入り口付近をゆっくりと振り返る。


 鼓動が速く鳴る。呼吸が荒くなる。

 とてつもない怒りがこみ上げてくる。


 その場に立っていたのは、まさしくギルヴァンスだった。


「はっ……。その通りに御座います」

「ギルヴァンス……!!」


 俺は思わず声を上げていた。


 どうして、奴がここに居るのか。

 奴は、婆さんが押さえてくれているはずだ。

 それなのに、ここに居るという事は、それは――。


 俺が長剣を構えるよりも前に、ギルヴァンス目掛けてメリアが飛びかかった。

 だが、ギルヴァンスはその場から一切動かずにメリアを斬った。


「――メリアッ!!」


 メリアは脇腹を抑えながらギルヴァンスの目の前に倒れ込んだ。

 傷つき、悶え苦しんでいるメリアを踏みつけながら俺のもとに歩いてくるギルヴァンスに、俺はどうしようもないくらいの殺意を覚えた。


「何、してんだ」

「いい足場があったから使わせてもらっただけだが?」

「――――」


 長剣を構えずにギルヴァンス目掛けて斬りかかる。

 だが、その一撃は空を切り、ギルヴァンスは後方に跳んで避けた。


 俺はメリアの傍に寄って、体を起こした。


「メリア、メリア……っ!」

「あ、ぐ……。すま、ない……こうも、簡単に……やられて、しまった……」

「もういい! 喋るな!」


 メリアの息が荒い。

 斬られた脇腹からの出血も酷い。

 駄目だ、このままじゃあもしかしたら……。


「良くやったぞ、ギルヴァンス。虫けらの駆除、ご苦労」

「いえ、まだ一匹。あと二匹残っております」

「……っ! 父上! これ以上――!」

「ロベルト!!」

「――アルヴェリオ君?」

「国王は頼んだ、こいつは俺がやる」


 俺はメリアをゆっくりと地面に寝かせ、おもむろに立ち上がった。

 

「こいつとは、俺が決着を付けなきゃいけないんだ」


 長剣を構え、ギルヴァンスの直線状に立つ。


「少しだけ待っててくれ、メリア。すぐに終わらせるから」

「いい……実に良いぞアルヴェリオ! そうだ、もっとだ!! もっと力を出――」


 刹那。ギルヴァンスに向けて放たれる一閃。

 その一撃に、ギルヴァンスは階段下まで吹っ飛んだ。


「少し黙れよ」


 長剣を握る手に力が込められる。


 何が勇者だ。何が絶対に守るだ。


 守れてないじゃないか。あんなに苦しそうな想いをさせてるじゃないか。


 あれだけ決めていたのに。あれだけ誓っていたのに。

 俺は――勇者失格だ。


「フフフ……! クハハ! もっとだ! もっと俺を楽しませろ!」


 だけど、そんな風に思う暇があるなら、少しでも体を動かせ。

 まだ諦めるな、まだ捨てるな。


 決めたんだろ、誓ったんだろ。

 絶対に死なせない。絶対に守ると。


 本当に勇者だというなら、守ってみせろ。救ってみせろ。

 今までの決意を、覚悟を。それを無い事にしないためにも、戦え。


 守れる可能性が少しでもあるのなら。

 救える可能性が少しでもあるのなら。


 自分の身を投げうってでも、その可能性が消えるまで立ち止まるな。

 今できる事、しなくちゃいけない事を全力でやるんだ。


 悔いて嘆くのはそれからでいい。


「ここで決着を付ける! お前は――俺が倒す!」


 だから今は、全力で目の前の敵を倒せ――!

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