第百二十五譚 僧侶の決意


 あの戦争から早一週間。

 連合軍はドフタリア大陸にて、炭鉱族の支援を積極的に行い、ドフターナ帝国の再建を手伝っている。


 勿論、戦争に関与した私たちも同様に、各地の炭鉱族の村へ支援に動いたり、再建の手伝いをしたりしていた。

 今も順調に作業が進んでおり、各地から手伝いに来てくれる炭鉱族も徐々に増えてきている。


「はあ、戦争が終わってゆっくりできると思ったら手伝いだなんてね……。あーあ、炎魔法でもぶっ放したいわね……」

「ははは、アザレアは冗談が上手だね。サーカス団にでも入れるんじゃな――ごめん冗談だよ、だからその手をおろしてくれないかい?」

「もー! 二人ともちゃんと作業しようよー! わたしとセレちゃんが損してるよー!」

「私は別に構いませんよ? 後ほどお説教をするだけですので」

「作業を始めようかい! さあ、張り切って行こう!」

「……そんなにセレちゃんの説教が嫌なの?」


 太陽の光が暖かく大地を照らす。

 そんな晴れやかな日でも、私の心には穴が開いたまま。


 こういう光景を見ていると、どうしてもあの方を思い出してしまう。

 思い出すことが悪いわけではなく、思い出してしまう事でここにいないという現実を突きつけられているようで、私はそれがとても悲しかった。


 いくら美味しい料理を食べようと、いくら素晴らしい夜空を見ても、心が満たされることはなかった。


――アル様、貴方はどこにいるのですか……?


 そう何度も空の向こうへと問いかけた。

 答えが返ってくることはないのに。


「セレン、何ぼーっとしてるのよ? 早く行きましょ」

「あ、今行きます!」


 私はアザレアさんたちのもとに駆け寄り、並んで歩き出した。


「……アンタのせいってわけじゃないんだから、あんまり気にしすぎちゃダメだからね」

「……はい、ありがとうございます」


 小さく呟かれた言葉に、私は下を向きながら答えた。


 分かっている。アザレアさんはとても優しい人だから、私の事を気遣って言ってくれている事ぐらい。

 元はと言えば、全て私が悪いのに。


 アル様たちが戦場に来たのも、私の為だとジオさんが教えてくれた。

 私が自分の素性を明かして、縁を切っていればこのような事にはならなかったはずだ。

 ……彼も、あのような目にあわなくて済んだはずだ。


 だから、私は絶対にアル様を見つけ出す。

 見つけ出したら、彼に伝えたい事を話そう。そう、決めたから。


「それにしてもおかしな話だと思わないかい? セレーネちゃんの正体がエネレスだと知ってるのが僕たちだけなんて」

「うん、わたしもそれ思ってたよ。連合の人たちもセレちゃんの素顔とか見たはずなのに誰も知らないなんて」


 そう、今ジオさんとシャールさんが話している事は全くの謎で、本来ならば私は重要人物として連合に捕まって話をしなくてはならないような人物。

 なのに、連合は私から話を聞こうとしないどころか、『エネレス』という存在そのものがわかっていない様子だった。


「もしかしたらセレちゃんって、いいとこのお嬢様だったりするの? それでお父さんが証拠を隠して……」

「いえ……私の家庭はあまり裕福ではなかったので、お嬢様だなんてことはあり得ないですよ」


 あり得ない。その言葉ほど、今の状況にピッタリな言葉はなかった。


 こうして皆さんが普通に接してくれるのも本来ならばあり得ないし、『エネレス』という人物が存在していないような事になるのもあり得ない。


 一体何がどうなっているのか、私には見当もつかなかった。


「……きっとアイツでしょ、この状況を創り上げたのは」


 黙っていたアザレアさんが口を開く。

 その悲し気な物言いに、私は言葉を詰まらせる。


「アイツ……? でもアザレア、アルヴェリオがこの状況を創り出せるわけがないよ。もし、今もこの場に残っていたなら話はまた違ってくるけど、彼は行方がわからないんだ。そんな彼がどうやってこの状況を創り出したって言うんだい?」

「アイツの魔法、確か幻術魔法って言ってたわよね? それを使ったんじゃないのかって話よ」


 その瞬間、私の頭が納得してしまった。


「まさか……『エネレス』という存在を……?」

「――そうか、幻術魔法で存在を無かったことにしてしまえば皆の記憶には残らないってことかい……!」


 胸が酷く締め付けられるような感覚が襲う。

 あの方は、なんて―――なんてお人好しなのだろう。


 あの時、この瞬間でさえも、私はあの方に助けられている。

 それが酷く悲しく、切なかった。


「うーん、でもアルっちはそんな魔法使えたかなー? アルっちって、自分の分身を一時的に創りだしたり、相手に幻影見せたりする魔法しか使えないんじゃなかったっけ?」

「……幻影、そうよ幻影よ! セレンの姿を別の人間として見せてたんだわ!」

「ですが、アル様の魔力はほぼ空でした……。そんな状態で大勢に魔法をかけられるでしょうか……?」

「セレーネちゃん。逆、何じゃないかい?」


 ジオさんが優し気な表情で言葉を発した。

 そして、私も理解する。


 アル様の優しさを。優しすぎる彼の行動を。


「その魔法を使っていたからこそ、魔力が切れてたんじゃないかい?」


 その可能性に気づいてしまった私は、一粒の涙を零した。

 

 あの方は、何も語ってくれなかった。自分がどれだけ危険に晒されようとも、何も語らなかった。

 黙って、心配させまいと。言う必要もない小さなことだとアル様は思ってやったのだろう。


 そうやって、アル様は私にこんなに辛い想いを残していった。

 語ってほしかった。私なんかの為に自分を犠牲にしてほしくなかった。

 もっと、ちゃんと、話しておけば……このような想いをせずにいられたのだろうか。


「また泣いて……はい、泣かない泣かない。アンタの涙はアイツが戻って来てからにしなさいよ」

「セレちゃん、大丈夫だよ! きっとひょっこり帰ってくるよ!」

「……うん、セレーネちゃん。なんか僕今ドキッとし――」

「炎魔法、“炎女神の――!!」

「ごめん冗談だよ! だからそれだけはやめてくれないかい!? 洒落にならないよ!?」


 アザレアさんに追いかけられ、必死に逃げるジオさんを見てくすりと笑った。

 涙を拭い、再び決意を固める。


 何日、何か月、何年かかるかわからない。

 だけど、私は絶対にアル様を見つけ出す。


 そして、共に世界を――。


 だから、待っていてください。

 いつの日か必ず、貴方と共に笑える日を、もう一度――。






 四章 別れ  終

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