第百二十四譚 戦争の終結


 傷つき、まともに動けないアル様の前に私は立った。


 二角の騎士との一対一の戦いに介入すれば、私は容赦なく殺されてしまう。

 でも、これ以上アル様が傷つき倒れる光景を見たくなかった。


 いつも明るく真っ直ぐで、どのような強敵が現れようとも臆することなく勇敢に立ち向かう姿は、私にとって『勇者』そのものだった。

 一度は希望を捨てた私も、貴方のおかげでこうして今を生きることが出来ている。

 全て彼のおかげ。


 だから、今こそ恩に報いる時だと、そう思って私はアル様を庇った――はずなのに。


「やめろォォオオ!!」

「何!?」


 二角の騎士が剣を振るおうとしたその瞬間、私の後ろにいたはずのアル様は、いつの間にか上空へ跳んでいた。


「チィッ、外したか!」


 咄嗟に放たれた斬撃はアル様の左肩を掠め、二角の騎士は後ずさりをする。

 アル様はそのまま騎士に飛びかかると、凄い勢いで坂を転がっていった。


 一体何が起きているのかわからなかったが、考えるよりも先に私の足は動いていた。


 転がり落ちていく二人を追いかけ、坂を下っていく。

 前方に広がる青い景色に、胸騒ぎがより一層強くなる。


「アル様! アル様ッ!!」


 叫ぶ。

 しかし、私の声は届かない。


 転がる勢いは一向に収まらず、二人は崖の方へと転がっていく。

 

 そして、二人の姿が私の視界から消えた。


 声に出ない叫びが心の中で木霊した。

 私は崖沿いまで来ると、しゃがみこんで崖下を覗く。


「アル様ッ!!」


 覗いた先で、二角の騎士は海に落ちていた。

 しかし、アル様はまだ落ちておらず、手を空へとかざしていた。


「どうして! アル様ッ、早く手を! アル様!」


 胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。その拍子に、私の頬を涙が伝った。

 目が滲んで上手く前が見えない。

 

 私は必死に手を伸ばす。

 届かないと知っていても、もう手遅れだと理解していても、私は手を伸ばすことを止めなかった。


 その時、アル様が何かを呟く。

 瞬間、アル様の手から光る弾が放たれ、上空で真っ赤に輝いた。


 信号弾。撤退を意味する赤の信号弾。


 それを見た私の目からポロポロと涙が零れ落ちていく。

 

――ああ、貴方はそうやってまた、人々を救うのですか。


 自らを犠牲に、彼は作戦を遂行した。

 そうやって、彼は私たちを救おうとしてくれた。


「アル様っ! アル様っ……!」


 泣きながら、姿の見えなくなった彼の幻影を掴もうと手を伸ばした。

 いくら手を伸ばしてももう届かないというのに。


 ならばいっそ、このまま私も海に飛び込めばいい――そう思って私は立ちあがる。


 水平線の向こうから明るい輝きが地上を照らす。

 日が昇ろうとも、あの輝きはもう戻ってこない。


 そして、私は崖下へ足を伸ばした――その時だった。


「何してんだ!!」


 聞き覚えのある女性の声と共に、私の体は後ろに引っ張られる。

 そのまま尻もちをついた私の目に映ったのは、鬼の形相で睨むアザレアさんの姿だった。


「アンタ何してんだよ! なんで飛び込もうとした!」


 怒られている。そうわかってはいるのに、言葉が入ってこない。

 

 アザレアさんは私の表情を見て何かを察したのか、辺りを見渡す。


「……リヴァは? リヴァはどこに……?」


 その言葉に、私はまた涙を流す。

 申し訳なかった、という気持ちが強かったのかもしれない。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……!」

「嘘、でしょ……?」

「全て、全て私がっ、私がっ……! ごめん、なさいっ……!」


 私は泣きながら謝罪の言葉を発した。

 それがアザレアさんに向けてのものか、アル様への言葉なのかはわからなかったが、何度も何度も謝罪を繰り返した。


 その時、私の頬に痛烈な痛みが走る。

 アザレアさんが今にも泣き出しそうな表情で私の胸倉を掴む。


「いつまでも泣いてんじゃねぇよ! 泣く前に周りを見てみろ!」

「まわ、り……?」


 私は言われた通り辺りを見渡す。

 その光景を目にした瞬間、胸の内から何かがこみ上げてきた。


「もう戦争は終わる! アイツが、アイツが命がけでこの戦争を終わらせる糸口を作ったんだよ! アンタも救われたんだぞ!? そんなアンタがいつまでも泣いてちゃダメだろうが! アイツが命をかけて救い出したアンタが今、やるべきことは何だよ!? アイツが残したもんは何なんだよ!?」


 アザレアさんが手を放し、私の身体はすとんと地面に落ちる。

 

 私がやるべきこと、彼が残したもの……。


「まだ戦争は完全に終わってねぇ。撤退を受け入れていない奴らもいるらしいからアタシは今からそこに向かう」

「――私も、私も行きます……! 連れて行ってください!」


 ……戦争の後始末もやるべきことの一つ、だけどそれだけじゃない。


 アル様が救ってくれたこの命――絶対に無駄にはしない。

 アル様が為そうとしていたことを私が――!


 それに、まだアル様が死亡したと確定したわけじゃない。

 生きている可能性だって……いや、きっと生きている。あの方は、この世界を救うまで死なない。


 だって、そうでしょう? 貴方は、この地に再び現れた勇者様なのですから――。






□■□■□






 それから数時間後、戦争は終わりを迎えた。

 互いに死者を出したものの、早めの撤退のおかげで被害は少ないうちに終わった。

 これ以上続けていれば、今の数倍は犠牲が増えていたとの事。


 真紅の騎士と戦闘していたというジオさんは、左腕とあばらを折ったものの命に別状はなく、アザレアさんとシャールさんも軽傷で済んだ。


 それでも、私の心にぽっかりと空いた穴は埋まらなかった。


 そして、戦争の終結から一週間が過ぎた。 

 アル様の消息は、未だに不明のままだった。

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