第百十一譚 予想だにしない言葉
私は最低だ。人として最悪だ。
かつて憧れた者を騙し、捨てたはずの使命を全うしようとしている。
もう、そんな使命を果たしたところで何も変わらないのはわかっているはずなのに。
罪悪感、と言うのが一番だろう。
捨ててきたものに対するせめてもの謝罪。
置いてきたものに対する後悔。
一度は夢や希望を思いだしたのに、それさえも捨てて私は何をしているのだろうか。
全ては、私に夢と希望を思い出させたあの人が悪いのだ。
日々怯えながら生きていた私に希望をくれた、あの人が悪いのだ。
だが、もう戻れない。
私はもう、戻らない――。
□――――ドフタリア大陸:ドモス平原北部【アルヴェリオside】
兵士たちの間を潜り抜けながら、金棒を振り回すムルモアのもとへと急ぐ。
ムルモア。あいつは武闘大会の時にエネレスのペアだった巨漢。
あいつがいるという事は、ここにエネレスがいるという可能性が非常に高い。
エネレスの事を主と呼び、武闘大会で共に戦っていたとなれば、エネレスの側近だと考えられる。
しかし、それでも絶対とは言い切れない。
ムルモアが単なる一般兵なのかもしれないし、別々に行動しているのかもしれないからだ。
ともかく、エネレスの居場所を知るためにムルモアと話をしなくちゃいけない。
だが、そんな俺たちに乱戦という壁が立ちはだかる。
さっきまでは順調に進んでいたものの、ここから先は戦闘が酷く激化していて、とてもじゃないが間を通り抜けてどうこうできるレベルじゃない。
「くそ……! こんなところで立ち止まってたまるか!」
「でもアルっち、流石にここは通れないよ! 巻き添えになるかもしれないんだよ!?」
「それは正面突破したらの話だろ!」
俺の言葉にシャッティが首を傾げる。
頭に手を当てて考えているようだけど、多分思いつかないだろうな。
「前が駄目なら上から行くってことだ!」
「上から……って、飛ぶの!?」
「ああ、
「ふえっ!? あ、アルっち!?」
俺は軽くシャッティを抱えると、体勢を深く落とした。
足と地面との接地面に魔力を集め、一気に足を蹴り上げた。
「“
直後、俺は一気に跳びあがり、乱戦地帯を跳び越えた。
「す、凄い……!」
なるべく負荷をかけないように着地を決めた俺は、シャッティに対してドヤ顔を決めた。
それに対し、シャッティは笑顔で応える。
「さて、ムルモアはもうすぐそこだ。急ぐぞ!」
「うん、急ぐのはいいんだけどわたし重くない?」
その発言に、俺は今自分がなにをしていたのか気付く。
乱戦地帯を跳び越えた時からシャッティを抱えたままだった。
いわゆるお姫様抱っこというやつで。
「あっ、ごめん! 咄嗟に抱えてた!」
「あ、ううん! 違うんだよ、ただ重くないかなぁって思っただけ!」
俺が嫌がられてると思っていると勘違いしたのか、シャッティが慌てて手を大きく左右に振った。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
しかし、それにしてもこのお姫様だっこというのはなかなか……。
いや、駄目だ何考えてるんだ俺は。
こんな状況でよくそんなこと考えられるな、恥を知れ、俺。
「でもね――」
「うん?」
「わたしとしてはこのまま運んでもらった方が嬉しいかなぁ、なんて」
耳をぴょこんと立て、元気な笑顔を見せてくるシャッティに少しだけ目を奪われながらも、俺は小さく頷いて抱えながら走り出した。
兵士と兵士の間を潜り抜け、もう目の前に見えているムルモアのもとへと急ぐ。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
突然、前方からトゥルニカの兵士が吹っ飛んでくる。
それを咄嗟に庇い、俺はゆっくりと前を向いた。
「久しぶりだな、ムルモア」
「貴様は……あの時の人間か」
俺はゆっくりとシャッティを降ろし、ムルモアに向き直る。
ムルモアは振り回していた金棒を地面へと突き刺し、俺たちの前に堂々と立った。
「今が好機だ! 大男の首を取れ!」
辺りから兵士たちの声が聞こえてくる。
俺はその兵士たちに向かって声を張り上げた。
「こいつの相手は俺がやる! あんたらは周りの奴らを倒してくれ!」
「お前、この前の大会で優勝してた人間族の――って、味方殺しのトラッパーまで!」
「なんであの二人がここにいるんだ!?」
少しの間、なぜ俺たちがここにいるのかというような疑問が飛びあっていたが、すぐに兵士たちは何も言わずに他の聖王軍の兵士たちと戦い始めた。
「……さて、と。これで心置きなく話が聞けるな」
「全部話してもらうよ!」
「ふむ……」
ムルモアは考える様な姿勢を取った後、ゆっくりと口を開いた。
しかし、それは全く予想だにしなかった言葉だった。
「アルヴェリオと言ったな。主はこの先にいる。さっさと行くがいい」
「……え!? どうして!?」
「ムルモア、お前……」
ムルモアはその言葉と共に金棒を持ち直した。
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