第百十譚 冷静になると見えてくるもの


「だ、誰でもいい! あの白髪の男を止めてくれえ!!」

「俺の邪魔するなら容赦はしない!」


 森の中を猛スピードで駆けていく。

 立ちふさがる敵兵を次々となぎ倒し、進撃の速度を緩めず走る。


「か、囲め! 囲んで逃げ場を失くすんだ!!」

「“幻影ミラージュ!」


 幻影を見せている間に囲いを抜け出して道を開く。

 

 奴らが気付いた時にはもう遅い。

 俺たちの姿はなく、代わりに味方が倒れているのだから。


「シャッティ、後ろに罠仕掛けられるか!?」

「ふふん、誰に言ってるの? シャッティさんに不可能はなーい!」

「なら罠使わないで大群相手にしてくれよ」

「シャッティさんに罠師としての不可能はなーい!」

「言い直しやがったこいつ!」


 シャッティは弓を引き、魔矢を後方へ飛ばす。

 数秒後に悲鳴のようなものが聞こえてきたから、とりあえずは成功したらしい。


「ナイス、シャッティ!」

「えへへ、そんなことないよー!」


 先程から身体が信じられないくらい軽く感じる。

 

 それも全部シャッティのおかげだ。

 シャッティがあの時、頬を叩いてくれたから、言葉をぶつけてくれたから。


 だから今、こうして俺は正気に戻る事ができたんだ。


「ありがとうな、シャッティ」

「もうー、またそれ? 何回言えば気がすむの?」

「え、そんな言ったっけ? 俺まだ二回ぐらいしか言ってないような気がするんだけど」

「十三回だよ?」

「桁が違えな!!」


 そうか、まさかそんなにお礼言ってるとは思わなかったな。

 まあ、数えてたシャッティにもビックリなんだけど。


「っと! アルっち、前から三人来るよ!」

「任せろ!」


 俺は長剣を抜きだして一気に距離を詰める。

 敵兵はその動きに反応できず、為すがままに斬られた。


「よし、急ぐぞ!」


 俺たちは引き続き北の戦場を目指して走り出した。






□■□■□






 しばらくすると、僅かに明るさが増していく。

 そろそろ北の戦場に着くのかもしれない。


 俺の推測通り、前方から大勢の声が聞こえてくる。

 森の出口はすぐそこに迫って来ていた。


「森を抜けるぞ!」


 森を抜けると同時に、沈む夕日の光が目に入る。

 あまりの眩さに目を閉じるが、徐々に慣れてゆっくりと目を開ける。


 俺の目に映ったのは、獣人族と聖王軍が戦う戦場の様子だった。


「ここが北の戦場なのか……?」


 戦場を見渡してみると、ちらほらとトゥルニカの兵士や妖精族の姿も見える。

 でも、圧倒的なほどに獣人族が多い。きっと獣人族の持ち場がここなんだろう。


 それにしても、落ち着いて戦場を見てみるとさっきまで気付かなかった事が多く見えてくる。


 特に聖王軍だ。

 この戦場も、中央の戦場も魔物らしい魔物はいなかった。どれも全身重装備の兵士ばかり。


 多分、中身はアンデッドじゃなく普通の人間だろう。エルフィリムで戦ったアイツらのように。

 連合軍はそれに気づいているのかどうかは知らないが、少なくとも魔物と戦っているわけではないのは確かだ。


「アルっち、落ち着いてる場合じゃないよ!」

「悪い、ちょっと考え事しちゃってたんだ」


 俺たちは乱戦状態の戦場を敵兵と接触しないように駆けていく。


「それにしても聖王軍の魔物って皆人型なんだね……どこ見ても獣型の魔物が見当たらないよ」

「いや、獣型の魔物は大抵野生だ。だから見当たらなくて当然と言えば当然なんだけど……」


 思いだしてみると、エルフィリムの時でさえ僅かにしか聖王軍の魔物たちはいなかった。

 なにか理由でもあるのだろうか。


 それにだ。連合軍と聖王軍がここで戦争を起こす理由はなんだ?

 この大陸には戦争を起こすほど希少なものはなかったはずだ。

 ドフターナ帝国に眠ると言われる秘宝だって正直何の使い物にもならない。なんせただの石だしな。


 それに、この大陸を拠点に世界を支配するということも考えにくい。

 確かに、ここドフタリア大陸は世界の中心だから全ての国に攻撃が行いやすいだろう。

 でも、逆を言えば全ての国に一斉攻撃をされる危険性があるという事だ。


 なら何が目的なのだろうか。

 そもそも、この戦争を仕掛けたのはどっちなんだ?


「ね、ねえ! アルっち、あれ!」


 シャッティが遠くを指さして叫ぶ。


「お前あんまり目立つ動きはやめなさい! 見つかるじゃないの!」

「あれ見てよ! ほら、あそこの大きな人!」


 シャッティの言っていることがよくわからないまま、俺は指さす方向に目を向ける。


「……あれは――」


 遠く。遠くのほうで、ここにいる誰よりも跳びぬけて大きい巨漢がいる。

 金棒らしき物を振り回し、獣人族やトゥルニカの兵士たちを薙ぎ払うその姿は――。


「ムルモア……!」

「やっぱりここにいるんだよ! エネレス!」

「ああ! 全速力だ、着いて来いよ!」


 俺たちはその巨漢――ムルモア目掛けて走り出した。

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