第百九譚 勇者
「はあ、はあ……。くそっ……!」
全速力で森の中に入った俺たちは、予想通り聖王軍の伏兵たちとの戦闘になるはずだった。
しかし、森の中では既に妖精族との戦闘が始まっており、聖王軍の奴らはそっちの方に気を取られて俺たちに気づく奴は少なかった。
だが、それでも俺たちに気づいて襲い掛かってくる奴らはいる。
それを払いのけながら、俺たちは森の中を進む。
「勇者殿! ご無事でしたか!」
乱戦の中、男の妖精族が声をかけてくる。
「話は王子殿下より伺っております! さあ、ここの雑兵共は我々に任せて北の戦場に向かって下さい!」
「ジオから……?」
その男はやってくる聖王軍の兵士たちを次々と斬り倒し、俺たちに近づけさせないよう立ち回っている。
ジオ。またジオだ。
アイツは初めから俺たちがここを通ると分かっていて、兵士たちを集めたって事なのか?
わからない。どうしてなんだよ。
あんなにも、俺の考えを否定してたじゃないか。
俺がおかしいって言ってたじゃないか。
「お仲間をお救いに行かれるのですよね? ならばお早く!」
そう話す男のもとに、一人の妖精族が近づいてくる。
「エレクタム隊長! トゥルニカの部隊が救援としてこちらに向かってきているようです!」
「なんと心強い! ならば負担を減らせるように出来るだけ多く片付けなくては! という訳ですので、失礼!」
エレクタムと呼ばれた妖精族の男は一礼すると、俺たちの前方に駆けていく。
次々と現れる敵兵を倒してくれたおかげで、俺たちに一本の道が出来た。
「さあ、お早く!」
「ぐっ! ハエの分際で調子に乗るなよ!」
「ハエ? いいえ、それは貴殿らの方だ!」
「アルっち、急ごう!」
「……わかってる」
彼らが開いてくれた道を進む。
「勇者様に近づけさせるな! 道を拓け!」
「ハエ共をぶち殺せェ!」
妖精たちの声が、道を進む俺の耳に届く。
それが聞こえるたびに、俺は下を向いて唇を噛んだ。
「妖精の人たち、皆アルっちの為に……」
「…………」
どうして彼らは俺を手助けしてくれるのだろうか。
今は戦争中で、連合軍は負けられない戦いの真っ只中だというのに。
それなら、俺なんかを手助けするよりも、他の場所で敵と交戦して優位に立つことが優先じゃないのか。
「わたしたち、頑張らなきゃね……!」
「……ああ」
シャッティの言葉に、俺は空返事で答えた。
彼らが俺を助けたことで戦争に負けても俺は知らない。
彼らが勝手に俺を助けただけだ。別に俺は悪くない。そう、悪くない……なのに。
さっきから胸が――心が苦しい。
どうしてだ。俺は何も間違ってないはずだろ。
「“再誕の勇者”様! 我らも加勢します!」
そんな時、茂みの向こうから、馬に乗った兵士たちが現れる。
俺を“再誕の勇者”と呼んだ彼らは、とても懐かしい鎧を身に纏っていた。
「あんたら……トゥルニカの……」
王都トゥルニカの象徴でもある『光』と『平和を願う旗』のロゴが入った鎧。
それを身に纏った兵士たちが続々と茂みの向こうから現れる。
「敵の増援だ! 怯まずぶち殺せ!」
「妖精族に加勢する! 同志たちよ、私に続けぇ――!」
トゥルニカの兵士たちの登場により、敵の注意が完全に俺たちから逸れる。
ここが好機だ。今の内に真っ直ぐ進めば北の戦場まで一気に進めるだろう。
なのに、俺の足は止まってしまった。
自分でもよくわからない。どうして足が動かないのか。
先に進めば進むほど――戦う彼らの声を、姿を見るたびに心が痛くなるんだ。
疚しいことがあるわけじゃないのに。
間違っているわけじゃないのに。
どうしてだか、心が苦しいんだ。
「走って、アルっち!」
シャッティが前方から声をかけてくる。
必死な表情で、今にも心が壊れてしまいそうな目で。
「アルっち! 急がないと道が――!」
「……なあ、シャッティ。俺、間違えてないよな。これでいいんだよな?」
俺は下を向きながらシャッティに問いかけた。
でも、その問いはまるで自分自身に向けて話しているように感じた。
間違えてない、ああ間違えてないさ。
仲間を助けに行くことの何が悪い。何も悪くないだろ。
だが、シャッティからの返答は一向に返ってこない。
不思議に思った俺は前を向く。
その瞬間、痛烈な痛みが頬を襲う。
一瞬、俺は何が起こっているのか理解できなかったが、すぐに自分が打たれたのだと理解した。
「……シャッティ?」
「……なにも、なにもわかってないよ……! アルっちはなにも……!」
ゆっくりとシャッティの顔を見る。
その表情に、俺は言葉を失った。
シャッティが涙を浮かべていた。
「あの日からずっと……アルっち、エネレスのことしか頭にないじゃん……! たしかにセレちゃんが心配なのは伝わってるよ? でも、アルっち周りが見えてないよ……」
「周りが、見えてない……? 俺が……?」
「皆、アルっちが日に日に変わってっちゃっても何も言わなかったの、どうしてだかわかる……?」
俺は何も変わってない。そう言葉にしようとしたが、シャッティの目を見てそんな事を言う気が無くなった。
嘘なんかついてない。そう思えるほど真剣な目で俺を見ていた。
「皆ね、信じてたんだよ……、アルっちの事……! グラジーもアザレーもアルっちなら大丈夫だって、きっとすぐに元のアルっちに戻るって……! アルっちはどこまでいっても勇者だからって……!」
その時、シャッティの言葉で俺の中で何かが――つっかえていた何かが外れた音がした。
皆して俺の事を勇者って言って、勝手に信じて期待する。
無責任だ。そんなの。勇者だからって万能なわけじゃないんだ。
――いいや、違うだろ。
あいつらは、ずっと俺の事を信じていてくれたんだ。俺がおかしくなっても、打ち明けてくれるだろうって。仲間だからツラい事も共有しようと。
でも、俺は打ち明けなかった。一人でずっと背負い込んでいた。
あいつらだってツラかったはずなんだ。
なのに、そんな中でもあいつらは俺を心配し続けてくれた。
シャッティもそうだ。
シャッティだって、戦争なんて――殺し合いなんて初めてなんだ。恐ろしくない訳がない。
それなのに、俺を気遣って冷静なふりをしてついて来てくれたんだ。
「でも、それなのに……、アルっちがそんなこと言ったら……アルっちを支えてくれた皆が……。ねえ、アルっち……。わたしにアルっちの勇者としての姿見せてよ……武闘大会の時のようにかっこいい姿見せてよ……」
ああ――そうだ。何を勘違いしていたんだ俺は。
皆に勇者と呼ばれてるから勇者になったわけでも、使命を受けて勇者になったわけでもないだろ。
俺が――俺自身が勇者になりたいから。勇者の存在を再び希望として蘇らせるために勇者になったんだろ。
そうだ。俺が憧れた勇者は、何かを捨てるなんて事は一切しなかった。
全てを拾って来たんだろうが――。
「いたぞ! あの白髪の男を殺せば大手柄だ! 優先的に殺せ!」
「あ……道が……!」
今度こそ、決めたはずだ。
俺を支えてくれる人や大切な人を守るって。誰も殺させやしないって。
そのためならどんな相手だろうと容赦はしないって――。
「やっちまえ!」
「“
次の瞬間、襲い掛かってきた敵兵たちが俺の影によって一瞬にして斬り倒される。
「……あ、ああ……!」
ジオ、ようやく理解できたぞ。お前が言いたかった言葉。
お前は、俺に戦争を止めるかセレーネを救うかの二択で問いかけてきたよな。
でも、初めから選択支なんてなかったんだろ?
俺ならきっと、『両方やってやる』って言うと信じて言ってきたんだろ。
「ありがとう、シャッティ。おかげで目が覚めた」
「アルっち……!」
「望み通り見せてやるさ、俺の――勇者のかっこいい姿をな!」
ああ、やってやるさ。
セレーネを救って、この戦争も終わらせてやる。
今度こそ間違えない。支えてくれる人も、大切な人も全員守ってみせる。
この世界だって救ってやるさ。
だって俺は――勇者なんだから。
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