第百五譚 地獄の戦場


 小高い丘の上から、眼下に広がる平地を眺める。

 横長に広がっている平地を埋め尽くすほどの数。三国の兵士たちと聖王軍の兵士たちが躍起になって死闘を繰り広げていた。


「めちゃくちゃじゃねえか……」


 戦場を目にした俺は、思わずそう呟いていた。

 この光景は、一言で言ってしまえば地獄。

 そう感じざるをえない光景だった。


 呆然と立ち尽くしながら戦場を眺めていると、追いついてきたアザレアたちが俺に声をかける。


「リヴァ……! アタシたち、間に合ったの!?」


 額から汗を流しながら、アザレアが俺に訊ねる。


「アザレー、下……」


 シャッティは戦場を覗き込み、先程の問いを俺の代わりに答えた。


「何よこれ……。こんな数だなんて聞いてないわよ……!」


 ふらつきながらも同じように戦場を見たアザレアは、震えた声でそう言葉にする。


「それに、戦場はきっとここだけじゃない。他の場所も戦場になってるはずだ」

「じゃあ、もっと大勢いるってこと……だよね」


 この戦場以外の場所からも、火の玉が上がったり、魔法によるものであろう竜巻なんかが視界に入る。

 それも一か所だけじゃなく、複数。


「こんなに多くちゃエネレスの居場所がわからねえ……!」


 戦場がここだけならば探し出すのは然程苦労はしなかったはずだろう。

 でも、複数個所あるとなると、正解の一つを探し出さなくちゃいけない。


「ここで戦ってない可能性もあるわけよね……」


 アザレアの言う通りだ。

 多分重要な戦線はここだろうけど、そこにエネレスがいるかは怪しいところだ。

 

 エネレスが聖王軍でどのくらいの立ち位置に居るのかもわからない以上、そこにいると限定するのは難しい。

 他の兵士たちとは違う恰好をしていたから一般兵ではないとは思うんだが。


 それに、重要な戦場に出ていたとしても、本当にこの場所が重要な戦線かどうかはわからない。

 あくまで俺の推測だからな。


「でも、今から探すとなると難しいよ……」


 シャッティが口にした言葉に、俺は拳を強く握りしめる。

 

 難しい。ああ、難しいさ。

 でも、そんなことは関係ない。

 何が何でもあいつを見つけ出さなくちゃいけないんだ。


 しばらくの間、会話も無いまま戦場を眺め続けていた。

 だが、そんな時だった。


「……リヴァ。聞いて」


 アザレアの言葉が俺の耳にスッと入る。


「今は忙しいから後にし――」

「リヴァ!」


 俺の言葉を遮ったアザレアは先程までとは様子が変わり、疲れも感じられず、しっかりとした瞳で真っ直ぐに俺の顔を捉えていた。


「……お願いだから、アタシの話を聞いて」


 その表情は、かつての女戦士ナファセロを思わせるような真剣な表情だった。


「アタシはこれから妖精族の本陣を探してみるわ。そこである程度情報を押さえたらちゃんと戻ってくる。でも、アタシも妖精族で、王女でもあるから……妖精族の加勢に入ると思う。だから――」

「アザレー、行ってきなよ!」


 アザレアの言葉を何か察したのか、シャッティがいつもの元気な表情で言葉を発した。


 これにはアザレアも驚いたようで、目を丸くして驚いている。


「シャッティ、お前何考えて――」

「アルっちの事は任せて! わたしが絶対に守るから!」

「シャール……」


 その会話で何かを決意したのか、アザレアは一瞬だけ微妙に微笑みを浮かべた。


「……そうね、ありがとうシャール。このバカの事よろしく頼むわね!」


 アザレアはそう言葉にすると、小高い丘を駆け下りていく。

 

「アザレア……ッ! 勝手にしろ……」


 俺は止めようと声を上げるが、その声はもう届かなかった。

 少しだけ胸の奥に違和感を覚えながら、俺は戦場に再び目をやる。


 戦場は、相も変わらず地獄の様な光景のままだった。


「行こう、アルっち。わたしに任せておけば安心だからね」


 シャッティがぎこちない笑顔を俺に向ける。

 発した言葉は、微妙に震えていた。


「……馬鹿言ってんじゃねえよ。お前、俺がいないと罠もろくに仕掛けられないだろ」

「あーっ! アルっちがわたしのことバカにしたーっ! そういう事言うと助けてあげないからね!」

「……はいはい、とりあえず聖王軍の兵士を捕まえるぞ。そしたらエネレスの情報を聞き出すんだ」


 俺は「行くぞ」とシャッティに声をかけて丘を滑り降りようと足を前に出す。


「えっ! あ、あっ! こ、心の準備が――!」


 そんな言葉が聞こえた頃には、俺はもう丘を下っていた。

 

 丘を滑り降りた俺は魔法陣を展開する。

 自分の半径三メートル程の大きさの魔法陣に入っている聖王軍の兵士を標的にし、“幻影ミラージュ”を唱えながら突っ込む。


「な、なんだ!? 丘の上から人間が滑り降りてきたぞ!」

「三人ほどこちらに回せ! 敵の将かもしれん!」


 叫んでいる兵士を長剣の柄で叩き、一人ずつ倒していく。

 

「この人間……奇妙な技を使うぞ!」


 その一角で偉そうな奴を見つけ、他を無視して隊長格に向かって飛び込む。

 幻影を見ている間に背後へと周り、首元に長剣の切っ先を当てた。


「人間、お前は一体……」

「エネレスはどこだ? 答えないならここでお前の首が飛ぶことになるぞ」


 長剣を握る手に力を込める。

 

 俺は本気だ。

 目的の為なら、何だってやってやる。

 

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