第九十七譚 自称炭鉱族一の男


 平地を歩き始めて数十分。

 未だ人が住んでいそうな気配はしない。


 しかも、ずうっと奥に見える大きな山に近づくにつれ、荒れ果てた地になっていく。

 草木は枯れ、砕けた岩塊がそこらじゅうに散らばり、とてもじゃないけど人が住めるような場所ではない。


 このまま進んでも人はいなそうだ。

 やっぱり海岸沿いが正解だっただろうか。


 だからと言って、ここまで来て戻るのも気が引ける。


 日暮れまで時間はまだある。何としてでも今日中に居住地を見つけたい。


 俺は辺りを見渡しながら先に進んでいく。


 そんな時、岩陰から岩陰へと移動した何かが目に映った。


「魔物か?」


 俺は警戒しながら、その岩陰に近づいて行く。

 ゆっくりと、一歩づつ。


 だが、その何かはまた別の岩陰へと瞬時に移動する。

 

「すばしっこいな……」


 俺は少しだけ歩みを速めて近づく。

 そして、何かがまた移動しようと跳び出した瞬間を狙い、一気に距離を詰めて手を伸ばす。


 その手は何かを掴み、その何かは地面にぶつかり声を上げた。


「痛ぇ!」

「は?」


 俺が掴んでいたのは、人間と比べると小さな足。

 足から上へ辿るように視線を動かしてみる。


 小さいながらも引き締まった筋肉質の体。鉱物で出来た軽装備を纏い、ハンマーのような物を背負った生き物。

 俺はその生き物を持ち上げる。


「離せっ! オイラを食べようったってそうはいかねぇ! 今にこのハンマーが火を吹くぜ!」

「いやハンマーは火吹かないだろ」


 吊るされながらも威勢よく言葉を発する生き物。

 小さくも顔つきは大人のそれその物。


 どれだけの月日が流れようとも、決して他の種族と同じように大きくならない小さき種族。

 そう――“炭鉱族ドワーフ”だ。


「うるせぇ、この悪党め! いいのか!? オイラのハンマーが火吹いてもいいのか!? おっそろしいぞ!?」


 残念なことに、吊るされていることによって、そのご立派な髭が顔を隠してしまっているため恐ろしさはゼロだ。

 それにしてもこの図太い声、昔どこかで聞いた事があるような。


「なんでこんなところに炭鉱族が……」

「ここはオイラたちの島だ! オイラたちの同胞を沢山殺しやがって!」

「……うん?」


 炭鉱族の島。こいつはそう言っているのだろうか。

 という事は、俺が今いるこの大陸こそがドフタリア大陸なのか?


 まさか。そんな旨い話があってたまるか。

 船から落ちて流されたら目的地なんていうイージーモード誰が信じるっていうんだ。


「いい加減放しやがれ! 本気出すぞ! お前らみたいな悪党なんか一撃だからな!」


 それに、どうやらこの炭鉱族は俺を誰かと勘違いしているらしい。

 誰と勘違いしているかは知らないけど、これ以上騒がれるのはうるさくて仕方ない。


 とりあえず誤解を解いた後に情報を聞き出そう。

 ここがどこか、近くに町か村はあるのか。


「下ろすから少し静かにしてくれ」


 俺は炭鉱族の足から手を放す――なんてことはせずに、ゆっくりと地面に下ろした。

 いざ下ろしてみると、普通よりも高いぐらいの俺よりも遥かに下回った背丈に、炭鉱族であることを再認識する。


「下ろしたのが運の尽き! オイラの一撃を喰らえ!」


 そう言って、炭鉱族の男は背負っていたハンマーを構える。


「ちょっと待て! 何か勘違いしているようだけど、俺は怪しい者じゃない!」

「…………」


 炭鉱族の男は数秒、固まって俺の事を睨む。

 だが、首を捻って「何を言っているんだコイツ」と言いたそうな目で見られた。


「いいや、怪しい! そういう奴は大抵怪しいんだ!」

「じゃあ何て言えばいいんだよ!」

「怪しくないなら怪しくないと言えばいいだろっ!」

「さっきそう言ったら信じてもらえなかったんですけど!?」


 どうにも話が通じない。

 言ってる事めちゃくちゃだし、どこかアザレアと同類の気配がするぞ。


「それにだっ! その白髪、どう見たって怪しいだろっ!」

「……白髪?」

「炭鉱族にとって白髪は悪魔の化身と伝えられている! 白髪は忌み嫌われる存在なんだ! だからお前も怪しいだろっ!」


 悪魔の化身、忌み嫌われる存在。

 確かにこの炭鉱族の男はそう言った。


 そんな話は聞いた事がないんだが……いや、待て。そういえば教えてもらった事があったような。


 炭鉱族の言い伝えに、白い悪魔が出てくる伝説があった。

 その白い悪魔は次々に炭鉱族を喰らったとされている。


 だから「白」という色が炭鉱族にとって恐怖されるものであってもおかしくはないか。


 そういえば、今まで気にせずにいたけど、この姿に転生してから一度も白髪の者にあった事がない。

 でも、白髪だからと騒がれたことはなかったから、「白」が嫌われているのは炭鉱族だけなのだろう。


 困った。実に困った。

 話を聞こうにもこれほど警戒されていたら聞けないし、説得しようにも白髪が邪魔をする。


「とにかく、俺は怪しくないんだって! 俺はここに流されてきた漂流者だ!」

「……いいや、騙されないぞっ! オイラも今では炭鉱族一の男。皆を危険な目には会わせないのがオイラの仕事だ!」

「炭鉱族一の男……炭鉱族一?」

「ごちゃごちゃうるさいぞっ! オトゥー=カタプレイトの名において、お前を叩き潰してやるっ!」


 その言葉が耳に届いた瞬間、俺の動きは止まる。

 驚きというよりも安堵のほうが大きい。


「……お前、オトゥーなのか?」

「……なんだ? オイラの事知ってんのか?」


 忘れもしない。

 ああ、そうだ。この顔。頬の傷。間違いない。

 忘れるものか。

 リヴェリアと炭鉱族との対話の懸け橋となった男。

 リヴェリアにとっての友であった男。


 かつての“ リヴァリア”の友――それがオトゥー=カタプレイトだ。

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