第八十一譚 無残なる第三試合


 デルロイたちとゴルモーたちの第二試合から数分。

 控室にアナウンスが流れた。


『只今より第三試合、『エネレス&ムルモア』ペア対『スヴィン&ツヴェイル』ペアの試合を開始します』

「スヴィンたちだ!」


 そのアナウンスにより、俺たちは作戦会議の手を止める。


「……エネレス」


 俺はふと、ある選手の名前を口にした。

 

 予選で共に戦った仲として、スヴィンたちの試合を見るつもりだった。

 だけど、今俺の頭の中を埋め尽くしているのは『エネレス』という者の事だけ。


 どこかで聞いた事があるようで思いだせない。ただ、どうしても気になってしまうんだ。


「相手の選手たちは今年初参加なのに凄いよね……!」

「エネレスたちは前大会に出場してないのか?」

「うん、今回が初めてだと思うよ?」


 無名の選手……それなのに聞いた事があるのは何故なんだろう。

 疑念を抱きつつ、俺は試合の映像を観る。


 現在、試合はエネレスたちが防戦一方。スヴィンたちの激しい攻撃が続いていた。

 しかし、この様子を観て俺はまたしても疑念を抱く。


 ハッキリ言って、スヴィンたちの実力はそこまで高くない。

 確かに強いと言えば強いかもしれないが、俺が見る限りでは本選に出場した八組の中で一番弱いだろう。一気に攻撃に転じれる隙なんていくらでもある。


 そのはずなのに、エネレスにムルモアという奴は攻撃を受けるばかりで反撃する様子さえ窺えない。

 

「スヴィンたち、勝てるかもね!」

「いや、無理だと思う」

「えっ? どうして?」

「……見てれば分かるさ」


 俺がそう言葉にした次の瞬間、試合の流れが大きく変わる。

 防戦一方だったムルモアが反撃を開始した。


 ツヴェイルの重い攻撃を軽く受け止め、大きな金棒で彼の大剣を弾き飛ばした。

 その反動で一瞬たじろいだツヴェイルに対して、ムルモアは一気に攻め立てる。


 巨漢のムルモアは大きな金棒を振り回し、ツヴェイルを殴打していく。

 徐々に足がもつれてきたように観えるツヴェイルに、とどめの一撃だと言わんばかりの大振りで脇腹を振り抜いた。


 直後、ツヴェイルの体は場外の壁まで吹き飛ばされ、そのまま地面に崩れ落ちた。


『ツヴェイル!! テメエ! やりやがったなァ!!』


 ツヴェイルが吹き飛ばされる光景を目の当たりにしたスヴィンは、エネレスを無視してムルモアのもとに駆けだす。

 素早くムルモアの背後に回り込むと、無防備なその背を勢いよく斬りつけた。


 ムルモアの背から血しぶきが飛んだ。

 だが、次の瞬間――驚くべき光景を目にする。


 確かに斬られ、血しぶきを飛ばしたムルモアの背には、一つの切り傷もない。


「アルっち! この人斬られてたよね!? 血が、こうブワーッと出てたよね!?」

「今のは……」


 確かにムルモアという男は斬られた。血しぶきを確認したし、何よりあの距離から斬られて無傷なんて事はあり得ない。

 なのにどうしてムルモアは傷一つないんだ……?


 自己再生の魔法か何かを使っているとしても、一瞬で回復するのは不可能だ。

 ましてや、斬られるドンピシャのタイミングで回復魔法を使用するなんて高度な技はできるはずがない。

 そうすると、回復魔法を使っているという考えも無くなる。


 だとすると、考えられるのは――


「いや、まさかな……」


 ムルモアは上半身が裸である為、背中などに何かを隠しておくのは無理だ。


 考え得るのは一つ。

 この状況で、斬られたように見せる・・・・・・・・・・ことのできる唯一の魔法。


 そう――幻術魔法だ。


 この世界で幻術魔法を使えるのは俺だけじゃない。

 エンデミアンの血を継ぐ者であるならば幻術魔法を使える可能性があるんだ。


 幻術魔法は、術者が解除するか対象に気づかれる、または一定時間が経過すると自動的に効果が切れる。

 だから、斬られた瞬間に血しぶきを飛ばし、あたかも自分が斬られたかのような演出をした。

 これは幻術魔法が使えるムルモアだからこそ使える戦法だ。


 しかし、これでも辻褄は合わない。

 

 あの至近距離から斬られ、一歩も動かずに無傷でいるのは不可能なんだ。


 幻術魔法で相手の目を騙すことは出来ても、実態を騙すことはできない。

 つまり、実態を斬られたら終わりなのだ。


 アレは確実に実体を斬られてる。なのに傷がついてないのは幻術魔法としてはおかしいんだ。


「あっ……!!」


 シャッティの声に反応した俺は映像に目をやる。


『試合終了!! まさに電光石火の出来事!! 反撃からわずか十五秒、『エネレス&ムルモア』ペアの勝利です!!』


 映像に映るのは、エネレスとムルモアの目の前で無残に倒れているスヴィンの姿だった。

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