第七十七譚 シャール・テイス・ホルウィム


 会場内に設置された魔法光筒が、闘技場の中心地である舞台を照らす。


 完全に日が落ち、見上げれば丸い月が目に映る。


『大変お待たせいたしました! これより武闘大会本選一回戦第一試合を始めます! 選手は入場お願いします!』


 実況者の言葉に、闘技場内に歓声が響き渡る。


「さて、と。いよいよみたいだぜ。準備は出来てるか?」


 俺は隣に立つシャッティに声をかける。


「うん、わたしは大丈夫だよ。アルっちは?」

「無問題。いつでも暴れまわれるぜ」

「暴れなくてもいいのに。でも、アルっちは怪我しないでね。わたしも気を――」


 話を遮るように、俺は拳を握って隣のシャッティに突き出した。

 俺の行動に驚いたのか、シャッティは小さく「えっ」と言葉にした。


「お前はいつも通りでいいよ。俺はお前に合わせるだけだ」

「アルっち……」

「それにだ。俺が仲間の罠に引っかかるわけないだろ? ちゃんと隠してやる。お前もお前の罠も。だから俺を信じろ、信じて戦え」

「……うん! よろしくね!」


 シャッティは俺の拳に自らの拳を合わせる。

 

「行くぞ!」


 俺たちは同時に入場口から出て行った。






□――――ビストラテア:闘技場入場口:数分前【アルヴェリオside】






 試合開始まであとわずか。

 俺は試合前の最終確認を行っていた。


 長剣の刃こぼれも無し。魔力も充分。

 あとは試合の開始を待つだけだ。


「……アルっち!」


 突然、俺はシャッティに声をかけられる。

 何事かと思った俺が振り返ると、シャッティが不安げな表情でそこに立っていた。


「……シャッティ? 一体どうしたんだ?」

「……“味方殺しのトラッパー”って呼ばれるようになった理由、聞きたいんだよね?」

「あっ! 悪い、すっかり忘れてた……」

「もう! せっかく勇気だして言おうと思ったのに!」


 俺の言葉に、シャッティは不貞腐れたようにそっぽを向く。


 完全に忘れてた。

 ジオとアザレアに対する怒りですっかり忘れてた。


「……でも、ちゃんと言うよ。アルっちには知っててほしいから」

「……わかった、聞くよ」


 シャッティは微笑みながら頷くと、俺の隣に腰かけた。


「隣座るね?」

「それは座る前に言うセリフだろ」

「ちゃーかーさーなーいー!」

「悪かったって!」


 俺は長剣を鞘にしまい、シャッティの話を聞く準備を整えた。


「……わたしね、初めて出た大会で大切な人に大怪我させちゃったんだー……」

「大怪我?」

「うん……。その人はね、わたしが初めて仲良くなった冒険者の女の子で、アルっちと同じ長剣使いだったの」


 話を進めると共に、シャッティの顔から笑顔が消えていく。

 でも、俺は何も言わずに黙って話を聞き続けた。


「彼女が近距離、わたしが遠距離支援……みたいな感じでね? 敵なんていないぐらいに上手く行ってたんだぁ……。でもね、初めて出た武闘大会で、わたしは失敗しちゃった」

「どんな失敗したんだ?」

「わたしが、周りをよく見ずに罠を起動させちゃった。彼女は一番重点的に罠を仕掛けてたところに追い詰められててね? そのまま他選手の総攻撃を受けて罠が作動……大爆発を起こして彼女は治療三か月の大怪我――二度と歩けない体になっちゃった……」

「それは……」

「酷いよね……。周りも見ずに起動させて、友達に大怪我負わせて……。そこから付いた二つ名が“味方殺しのトラッパー”だよ」


 その話を聞いた俺は、胸が酷く締め付けられるような気持ちになった。


 確かに、シャッティが周りを見なかったのは悪いと思う。

 罠が見えてる分、相手にもそれを使って作戦を立てることだってできるから、重点的な場所を作ってしまったのはシャッティのミスだ。


 でも、そのミスでシャッティの友達が大怪我を負ったなんて、その時のシャッティはとてもツラかっただろう。

 いや、言葉で言い表せないぐらい酷かったと思う。

 罪悪感に見舞われ、毎日毎日心を痛めてたんだ。


「……その日から、わたしは壊れちゃったのかもしれない。だって、友達を大怪我させた大会に次の年も出場したんだからね。結果は……うん、全部わたしのミス。罠をどこに仕掛けるかもわかんなくなっちゃうぐらい頭の中が真っ白になっちゃって、変な場所に設置して――起動させて、ペアを組んでくれた人も巻き添えに罠を作動させちゃった……」


 シャッティはそのまま俯き、肩が小さく震え始めた。


「でも……さっきのアルっちと一緒に戦った時、友達の事を思い出してたの……。凄く、アルっちと戦い方が似てたから……。でも、でも……思いだすたびにツラくなって、苦しくて……友達は気にしないでって言ってくれたけど気にしないはずがなくて……! わたしは……!」

「シャッティ」

「……え?」


 俺はそっと、シャッティの頭に手を乗せた。


「ア、アルっち……?」


 俺は困惑するシャッティを無視し、そのまま頭を優しく撫でる。


「ツラかったよな、苦しかったよな……。俺にもわかるさ、その気持ち。何もできずに目の前で大切な人たちが殺された。俺だけが生き残ってしまった罪悪感を感じてさ、表面は気にしていないようにしながらも心はズタズタだった。俺のせいで、大切な人たちが死んじまったんだよ」

「…………」

「でも、いつかはそれを乗り越えなくちゃいけない日が来る。その失敗を忘れろとは言わない――いや、忘れちゃ駄目なんだ。その失敗を乗り越えてこそ、人は成長することが出来る」

「でも……わたしは何度も失敗して……」

「その失敗を成功させたらお前の勝ちだよ。それに――」


 俺はゆっくりと立ち上がり、シャッティに向かって手を差し出す。


「今回は俺がいる。大丈夫、俺を信じろ。俺は絶対に怪我なんてしないさ」

「……本当に? わたし、もしかしたら途中で使い物にならなくなるかもしれないよ? それでも、本当に……?」

「馬鹿か。俺とお前のペアならこんな大会余裕だよ」


 シャッティは目を瞬かせると、くすっと微笑した。


「……うん、信じるよ。アルっちの事……」

「ああ、任せとけ」


 シャッティは俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。






□――――ビストラテア:闘技場舞台:現在【アルヴェリオside】






『ではこれより! 一回戦第一試合――『アルヴェリオ&シャッティ』ペア対『パプリア&ピアヌス』ペアの試合を開始します!』


 実況者の言葉が闘技場内の観客を沸かせる。


 俺とシャッティは互いに視線を交わすと、ゆっくりとされど力強く頷いた。


『試合――開始です!!』

「いくぞ、シャッティ!」

「任せたよ、アルっち!」


 武闘大会本選が始まった。

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