第六十三譚 怒る理由
「いくわよ! “
アザレアの言葉と共に、守護神目掛けて炎の塊が落ちていく。
その塊は守護神に当たって爆発した。
その衝撃に耐え切れなくなった守護神の足が悲鳴を上げ、巨体が地面へと崩れ落ちた。
俺は恐る恐る守護神に近づき、黒煙の上がる上半身を見に行く。
守護神の上半身と呼べるものはそこになく、かわりに石の破片が散らばっていた。
すると、まるで神殿が俺達を認めたかのように、守護神が光の粒子となって消えた。
「……勝った、みたいだな」
俺は手で額の汗を拭うと、セレーネ達のもとに走って戻る。
アザレアは魔力を消耗して疲れたのか、地面に座り込んでリラックス状態。ジオは傷ついた短剣を研いていて、セレーネはジオの小さな傷を治癒していた。
「セレーネ、足は大丈夫か?」
「え、ええ。私は大丈夫です」
俺がそう問いかけると、セレーネは気まずそうに顔を背ける。
まさか、と思った俺は「ごめん」と一言謝ってから、ローブをめくる。
「なっ! リヴァ、アンタ何やって――!」
ローブをめくると、中のスカート部分の腿の辺りが真っ赤に染められていた。
「セレン……! アンタ自分の怪我を治さないで何やってんのよ!」
「……ごめんなさい。しかし、皆さんの怪我を治してからでないと……」
セレーネの装備品のローブは、前が開くようにできていて、多少動きやすく設計されているんだけど、中が膝丈スカートということでその良さを充分に生かしきれていない。
さっき見た時はローブの上からじゃなく、スカートの上から傷を負っていた。
だから心配かけまいとローブで傷口を隠していたんだな。
「セレーネ、この中で一番重症なのは誰だ?」
「……私、です」
「だったら、先にお前の傷を治してくれ。頼む。俺達はその後で良い」
俺がそう言うと、セレーネは申し訳なさそうな表情になる。
「ですが……」
「これからは一番重症な奴から回復してくれ。勿論、自分も含めてだぞ?」
「……はい」
セレーネはジオの治療を終えると、自分の傷に回復魔法をかけた。
それでいい。回復役が倒れたら致命傷だからな。
セレーネにはもう少し自分を大事にしてほしいもんだけど、彼女は言っても聞かないだろう。
そういう奴なんだ、セレーネは。
自分より他人優先。
まあ、そういう奴じゃなきゃ僧侶なんてできないと思うけどな。
「さて、セレーネの治療も終わったし、お待ちかねの突破報酬を貰おうぜ」
俺はそう言うと同時に、部屋の奥にある台座を指さした。
遠目からでも、かすかに光る指輪の存在を確認できる。
翡翠の指輪は、その名の通り翡翠石で出来ていて、強度は勿論、美しさもかなりの物だ。
「そうだね、この時間も凄く懐かしい感じがするよ」
「前は今ほど難しくなかったのにね」
俺達はゆっくりと台座に向かって歩きだした。
台座の前に立った俺達は、大事そうにはめ込まれている指輪に注目する。
「綺麗……」
「久しぶりに見たけど、やっぱり綺麗な物ね」
「見るたびに思うんだけどさ、昔の人達は凄いよね……」
セレーネ達が指輪に感動している中、俺は指輪に手を伸ばす。
「――っ!」
その時、伸ばした右腕に激痛が走った。
きっと先程の戦いで破片にやられたんだろう。心なしか、指が上手く動かせない感じもする。
俺は伸ばしていた右腕で指輪を掴み、すぐさま左腕に持ちかえる。
「これであと二つだな」
「残りは瑠璃の耳飾りに深紅の首飾りだね」
「あの二つってかなり面倒くさかったわよね……」
瑠璃の耳飾りが眠っている瑠璃の神殿は絶海の孤島に。
真紅の首飾りが眠っている真紅の神殿は山に囲まれた島に。
五十年前、比較的一番簡単だった翡翠の神殿がこれだけツラいとなると、他の二つはもっとツラいという事になる。
それまでにもう少し経験を積んでおかないと。
「……アル様」
静かな声ながらも非常に重い声が耳に届く。
セレーネは俺の右隣に来ると、俺の右腕を軽く持ち上げてみせる。
「痛……っ!!」
俺の反応を確かめたセレーネは、大きくため息を吐いた後に怒ったような表情で俺を睨む。
「何故黙っていたのですか? これほどの傷を我慢するなど貴方は何をしているのですか?」
「……いや、痛みがなかったんだよ、さっきまで」
俺が反論すると、セレーネは俺の右腕の袖を捲る。
俺の右腕は酷いぐらいに腫れていて、内出血が多く見られた。
「なによこれ……!」
「これのどこが痛みなどない傷なのでしょうか? アル様は先ほど言いましたよね? 重傷者から回復しろと。これは重症に入りませんか?」
「……セレーネの傷の方が酷かったぞ」
「確かに私の傷は酷かったかもしれません。ですが、貴方の傷も酷いのは事実です」
確かに、セレーネ以外に傷ついたのは俺とジオの二人。
だが、ジオは頬の掠り傷。どう見ても軽傷だ。
それに比べ、俺とセレーネの傷は酷い。
セレーネの傷は、破片が太腿に深く刺さり出血が酷かった。
俺の傷は、右腕の上腕から前腕にかけての内出血が酷く、さらに上腕は酷く腫れ上がり上手く動かすことが出来ない。
「……とにかくじっとしていてください」
「……ごめん」
「今回だけは許します。ですが、今後同じような事があれば私は許しません」
そう言ったセレーネは俺に回復魔法を唱える。
腕の内出血が治まり、腫れ上がっていた上腕もすっかり元通りになった。
正直、なんで俺が怒られなきゃいけないのか。なんて以前の俺は思ったりしたんだろう。
でも、今ならわかる。こういう事をいう奴の気持ちが。
心配してるからこそ怒ってくれるんだ。
セレーネは本気で心配してくれているんだ。
「……ああ、気を付けるよ」
「ええ、そうしてください。でないと私、一生恨みますからね?」
「そりゃあ怖いな……」
「――よし、じゃあ戻ろうか。今から戻れば定期船の出航までに間に合うはずだからね」
俺は完全に治った右腕を一度だけ振り回し、来た道を戻る為に歩き出した。
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