【Another Episode】 聖と魔、二つの激突

 黒と赤を基調とした薄暗い部屋に、不気味な像が数体立つ。

 その場所にある禍々しい玉座に座るのは魔族の女。


 女は、杖先に髑髏が付いている長杖を握りしめ、顔を強張らせる。

 その時、玉座の間の扉が勢いよく開かれ、髑髏の魔物が大急ぎで入ってくる。


「一体どうしたのです?」

「魔王様。奴等が……八皇竜がこちらにやってきましたねえ!」

「馬鹿な……っ!」


 髑髏の魔物の報告に、魔王と呼ばれた女は思わず長杖を地面に落とした。

 直後、非常事態を告げる角笛の音が木霊する。


「まさか奴等が我々を先に狙うとは予想が外れましたねえ。これも人間の手助けをしたからではないんですかねえ?」


 不服そうに言う髑髏の魔物に対し、魔王は即座に命令を下す。


「スカルウェインは戦える者を大広間に集めなさい! そして各地に散らばっている将達にも連絡を!」

「……まあ、そうなりますよねえ。わかりましたねえ。今すぐに準備しますねえ」


 髑髏の魔物――スカルウェインは、その言葉を残して玉座の間から姿を消した。


 魔王はスッと玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

 その表情は先程までとは違い、魔王の名に恥じぬ禍々しいものに変わっていた。


「……いいでしょう。貴方の采配がどれほどのものか確かめさせてもらいます」


 扉をゆっくりと開け、玉座の間から出ていく魔王は去り際に小さく呟く。


「リヴェリア……!」


 呟いた言葉からは酷く激しい殺意と憎悪が感じられた。





□■□■□





 魔王城の中心にはとても大きな広間がある。

 その大きさは魔王城の約半分近くを占め、収容人数はおよそ三十万。それほど入ってもまだ余裕がある程度には大きい。


 魔王軍統括によって召集された魔物の数はおよそ二十万。その数の魔物達がズラリと整列する姿は人間にとってまさに地獄絵図とも呼べる光景だ。


 大広間の中心に建つ見晴らしの良さそうな建造物に二つの影が現れる。


 一つは魔王軍統括、スカルウェインの姿。

 紫のローブに身を包み、“笑う髑髏”という異名を持つ魔物である。


 そして、もう一つは、魔王軍の頂点にして象徴である女――魔王の姿が。


「よくぞ集まってくれた。我こそが“魔王ルカティオス”である」


 威厳ある口調で魔物達に語り掛ける魔王。

 さらに、その声からは威圧や殺気のようなものが強く感じられ、大広間に並ぶ魔物達は少しだけ恐怖を覚えていた。


「先代魔王を殺した聖王が我らに戦争を仕掛けてきた。しかし、これは絶好の機会である。今こそ愚かな聖王を亡き者とし、先代魔王の敵を討つのだ!」

「さあ皆さん、聖王とやらをぶち殺しに行きましょうかねえ」


 魔王達の言葉により、大広間に大きな歓声が沸き起こる。

 その声はとても悍ましく、かつ猛々しく響いた。


「第一軍、第二軍は西。第三から第五軍は南だ。それぞれ配置に着け!」


 魔王の号令により、魔物達は一斉に動き出す。


「では魔王様、ワタシもお先に失礼しますねえ」

「南は任せましたよ」


 スカルウェインは音もなくその場から姿を消す。

 大広間から魔物達がいなくなったことを確認した魔王は、建造物から軽く飛び降りた。


 現在、聖王と魔王の勢力は五分と五分。

 先代魔王が殺された五十年前、魔物達の多くは聖王に付いていった。その数は魔王軍全体の八割を超えていたという。

 しかし、後に現れる魔王の後継者――ルカティオスの存在を知っていた一部の幹部、その部下達は聖王に付かずにいた。


 聖王の勢力は日に日に増していき、魔王残党軍は城に隠れ続けるばかりであった。

 しかし、先代魔王が殺されてから五年の月日が流れたある日、後継者のルカティオスは現れた。


 ルカティオスが女の魔族であった事を知った幹部達は意見が真っ二つに分かれた。聖王に付くかルカティオスに付くかという意見に。

 その対立は四年経っても終わる事はなかった。

 しかし、ある日突然に意見はまとまる。


――ルカティオスは天才であったのだ。


 ルカティオスの才は群を抜いており、歴代の魔王と比べても魔力量が桁外れだった。

 初級中の初級の魔術でさえも威力が桁違いで、中級の魔族程度なら一撃で葬り去る事が出来た。

 さらに歴代の魔王達と全く違う点が一つ。回復魔法を扱えた事だ。


 今まで回復魔法を扱える魔王など存在しなかった。

 回復魔法とは神に愛された者のみが扱える魔術であり、魔族といった神とは真逆の存在に位置する彼らには到底扱えない魔術だった。

 だが、ルカティオスにはそれができたのだ。

 それは魔界に大きな反響を与え、聖王に付いていた魔族が徐々に魔王軍に戻ってきたのだ。


 魔王残党軍の幹部達もこれならば、と魔王軍に残るという意見でまとまった。


 それからも戻ってくる魔族は多く、現在の五分と五分の勢力にまで拡大していったのである。


「……余計な事は考えません。今はやるべきことをやるだけです」


 そう呟いた魔王は、ゆっくりと北門に向かって歩いて行く。

 歩きながら長杖を天に掲げると、何かの呪文を唱え始める。それを唱え終えた魔王は、一呼吸置いて話し始める。


『これを聞いている全兵士に告ぐ』


 その言葉は魔王城全体――全兵士一人一人の耳に響いた。


『奴等を一歩たりとも城の中に入れるな。全力で追い返せ』


 水平線の向こうに小さな影が映る。

 それは一秒ごとに多く、広くなって見えてくる。


『安心しろ、貴様達の背には私がいる。この魔王――ルカティオスがな』


 先程見えていた影が次第に形どっていく。

 とても大きな影が四つ、その他に無数の影が現れる。


『行くぞ。我々の圧倒的な力を見せてやるのだ』


 これは、勇者が新たに旅立った日に起きた戦い。言葉通り人知れず行われた、世界のどこかの大きな戦い。

 後にこの戦いは勇者達――世界にも大きな影響を与えるものとなるのだが、それはもう少し先の未来の話である。


 聖王対魔王。

 悪と悪の戦争。それは人類の誰もが予想できなかった事であろう。


 この瞬間、歴史に残る大戦争――“聖魔大戦”が始まった。

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