第十譚 力が足りない
拝啓、かつての仲間達。
俺は今、あの炎竜と対峙しています。
五十五年前に戦い、苦戦しながらも勝利したあの炎竜です。
あの頃はまだ旅を始めたばかりで色々と新鮮でしたね。
初めての大ボス感に心躍らせながら戦いを挑みましたね。
ナファセロが四肢を斬りつけて回り、ジウノスが注意を引き付けている隙に俺が大剣を振るい、傷ついた仲間はキーラが回復。
そうやって勝利しましたね。
あの時の喜びは今も忘れられません。
つまり何が言いたいのかというとですよ。
「戦力が足りねえよなぁ……」
かっこつけてしまった矢先、引くに引けない状況になってる。
ほらもう後ろがざわつき始めちゃったし。
「勇者だと……?」
「誰だあの少年は……炎竜の一撃を受け止めたぞ……?」
正確にはいなしただけなんだがな……! あんなもん普通に受け止めたら死ぬから。確実に。
大剣が使えれば受け止めるどころか弾き返していたんだが……。今の武器は長剣だ。これじゃあいなすのが精一杯なんだよ。
ならなぜ大剣を使わないのか? 答えは簡単だ。
この身体に大剣は合わなかったのだ。
ここに来る前に寄った武器屋で大剣を持たせてもらったのだが、持ち上がらなかった。
つまり装備できないのさ! 力が無くてね!
かろうじて装備する事が出来たのがこの長剣だけだった。
別に長剣じゃダメとかそういう話ではない。
長剣だって攻撃力は少ないが手数の多さと正確さでカバーできる。ただ、やはり力が足りないのだ。
だからといって、長剣を二つ持って二刀流をやればいいってもんじゃない。
二刀流の強みは長剣を遥かに超える手数の多さ。数で圧倒してくる魔物や、大きく鈍い魔物にはうってつけだ。
だが、ドラゴンのような一体でなんでもできちゃうタイプには向かない。
二刀流を完璧にこなすには、それこそ大剣を軽く振れるほどの力がないと安定しない。短剣二つなら話は別だが。
重心を固定し、尚且つ軸をぶらさないように振る必要があるため、今の俺には不可能だ。
それに俺は二刀流なんてやったことないからな。実践で使ったら確実に死ぬ。
「アル様……! 間に合った様ですね……」
「セレーネ! 追いついたのか!」
「ええ、なんとか……」
おっと、完全にセレーネの事忘れてた。
ここに向かう最中に、防壁の上に炎竜を見た俺達は走るペースを速めた。
セレーネは初めて見るドラゴンに足が竦んでしまっていたため、俺が担いで階段下まで連れてきたのだが、このままだと間に合わないと悟ったのか、セレーネが先に行けと俺に言ってきたのだ。
そのおかげでこうして間に合ったんだが、忘れていたのは申し訳ないと思ってます。本当です。
「あれが炎竜……本物の……」
「ああ。かつて目にした姿そっくりだ」
「アル様は炎竜と戦ったことがあるのですか……!?」
目を見開き、驚きの表情で俺を見るセレーネ。
「そりゃあ俺勇者だし」
「では勝ったことが……!?」
「一応な。でもその時とは状況が全く違う。武器だって大剣じゃないしさ」
そうあの時とは違い、今回は戦える者が俺だけだ。
引き付け役も、攻撃役も俺しかいない。治癒役だって――ん?
「……セレーネは僧侶だよな?」
「え? え、ええ。一応はそのつもりですが……」
これは賭けだ。
俺だけじゃなくセレーネまで危険に晒す事になる。
でもやるしかない。そうすれば……きっと……。
「頼みがあるんだ」
「……はい」
「でもこれは危険な賭けだ。俺達が失敗したら全員が死ぬ」
どちらか片方でも失敗したら、ここは全滅するだろう。
それほど危険な賭けだ。
だがセレーネは既に覚悟を決めていたようで、静かに頷いた。
「……いいのか?」
「はい。どちらにせよ、何もしなければここで死ぬ運命です。それに私はもうとっくに賭けているのです、貴方に」
そう言ってセレーネは俺に微笑みかける。
その笑みは、やはりキーラを連想させた。
だからこそ俺はセレーネを信じられるのかもしれない。かつての仲間の面影を感じるから。
だからこそ護りたいと思うのかもしれない。かつての仲間達への罪悪感を感じるから。
「そっか……。じゃあ、それに応えないといけないな……!」
「はい……!」
俺達は覚悟を決めた。
□■□■□
「じゃあやるぞ!」
「はい!」
作戦の内容を確認した俺達はすぐさま配置に着く。
セレーネはギリギリまで下がり、俺が炎竜の目の前に立った。
治癒魔法の効果範囲は大体半径十メートル程度。離れすぎず、近すぎないよう絶妙な位置をとる必要がある。
正直これから始める作戦は俺一人でもどうにかなるかもしれない。だが、より確実性を求めるなら二人でやる方が可能性は高い。
俺は炎竜に剣を向け、挑発の為にそれを回す。
「ほらどうした炎竜。さっきから攻撃してこないけどもしかして怖気着いたんですかぁ? 渾身の一撃止められたからって怒んなよぉ?」
その言葉は炎竜の耳に届き、鼻息を荒くし始める。
口から吐く息にも炎が混じりはじめ、気が立ってきたように思える。
「俺の言葉わかるんだろ? それともまさか八皇竜ともあろうあなたが人の言葉を理解できないわけないですよねぇ?」
重く低い唸り声が聞こえてきた。
先ほどとはまるで違い、鋭い殺気を感じられるようになった。
「図ニ乗ルナ、小僧……!」
「あら随分と低い重低音ボイスだこと! もしかして前世大太鼓とかされてますかぁ?」
俺の言葉に完全にブチギレたようで、もの凄い叫び声を上げながら炎竜は両腕を振り上げる。
炎竜の両腕の軌道を目で追ううちに、それは俺へと振り下ろされた。
「アル様!」
同時に振り下ろされる両腕。
炎竜の爪一本一本が成人男性の人間と同じぐらいの大きさだ。そんなバカでかいもんまともにくらったら一瞬でお陀仏。
手練れの戦士でも手慣れた武器を使わない限り無事ではいられないだろう。
だが――
「ソンナ小サナ剣デハ受ケ止メ――!」
「そういや、言ってなかったな」
振り下ろされた両腕向かって上から斬りかかる。
爪に当たる寸でのところで威力を殺しながら下へと流した。
炎竜の一撃は、見事に防壁を避けて空を切る。
この場にいる俺以外の者達が驚きの声を上げる。
それは炎竜も例外ではなかった。
「ナンダト……ッ!?」
俺は長剣が使えないとも、大剣が一番だとも一言すら言っていない。
言っただろ。俺は小さい頃から剣術を習ってたって。
大剣使ってたのは破棄力が抜群だったからだ。ドラゴンなら一発で肉を裂いてたし、尻尾程度なら一振りで切断できる。
俺は長剣があまり好きじゃないんだ。
破壊力も爽快感も無いから。
「俺が大剣しか使えないなんて何時言った?」
大剣を使ってたのは好きだったからであって他の武器が使えない訳じゃない。
「俺は元々こっちだ」
これで十年以上修行してんだ。それこそ血の滲むようなツライ修行を。
炎竜ごときが長剣使う俺を殺せると思うな。
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