第六譚 トゥルニカ城
「久しぶりだな……。この城も」
俺は目の前に建つ立派な王城を見上げる。
白い外壁に覆われ、立派な装飾が施されているそれは、かつて俺が勇者としての命を受けた場所――トゥルニカ城。
五十年の月日が経っていても、変わらない美しさがとても懐かしく思えた。
「勇者様は来たことがあったのでしたね」
「あの時と全然変わってなくて安心しましたよ」
月日が経っても変わらないものはあるんだって思えたしな。
ここは思い入れが強いから昔のままでホッとしてる。
「ところでですね、その勇者様って呼び方は控えてというかやめてください」
さっきから勇者様勇者様って人に聞かれたらアウトだぞ。
誤魔化すのはどうだってできるけど、勇者って名乗る痛い子だって思われたくないし、その噂が広まって要注意人物とした監視されるのも嫌だしな。
「何故ですか?」
「なぜって色々と怪しまれるからですよ。勇者という存在が悪であるこの世界でそれを名乗るのは危険すぎますんで」
「……確かに、そうかもしれません。でもその心配はいりませんよ」
心配はいらない、とシスターは穏やかに笑う。
まさかとは思うが痛い子設定じゃないよな。俺が恥ずか死するぞ。
「先程から誰も居ない場所でしかお呼びしてませんので」
「いやそういう問題じゃなくてだね」
誰かに俺達の事監視されてたらアウトだからな。
「……わかりました。では私の頼みを聞いてくださいますか?」
その言葉と同時に少しだけ俯くシスター。
「私に敬語を使うのはやめてほしいのです」
予想外のお願いに、俺は少しだけ驚く。
まさかシスターがそういう事言うとは思わなかったな。昔は何を言われずとも教会の人間には敬語で話してたし、敬語やめてなんて一言も言われた事無いし。
「そんなのでいいのか?」
「はい。それとですね……」
ああ、うん。頼みは一つじゃないのね。わかってた、わかってたよ。
どんな無理難題を頼まれるんですかねぇ……。
「その、ですね……」
なぜか急にもじもじし始めたシスター。
心なしか顔が赤くなっているように見える。
「私の事は……セレーネ、と。そう呼んでほしいのです……」
「わかっ……え?」
「ですから、セレーネと……」
いや、それはもうわかってる。
さんざん溜めた上での頼みってそれか……。もっととんでもない事頼まれるのかと思った。
「……そんな事でいいなら喜んで」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん」
日本で生きていた頃はこういう対応とか苦手だったけど、こっちに転生してからそういうスキルもバッチリ磨いてる。
つまり超コミュ障から微コミュ障に進化してると言うわけだ。
某勇者みたいに、はいといいえしか喋らない勇者にはなりたくないからな。
「さて、じゃあ行こうか」
シスターもといセレーネは「はい」と頷き、俺の半歩後ろに位置付く。
城の門兵にゆっくりと近づき、追憶魔術師から受け取った紹介状を見せると、驚いた様子で俺と紹介状を見比べる。
確かに驚くのも無理はないだろう。こんなボロボロの服着た男が、元最高位王宮魔術師からの紹介状を持ってくるとは想像もつかない事だしな。
「玉座までご案内します。では、こちらへ」
門兵に着いて行く形で俺達は城内に入る。
この城の中に入れたのも全てあの魔術師のおかげだ。
俺の記憶を視た魔術師こそ、王都トゥルニカの元最高位王宮魔術師。つまりは国王直属の魔術師だったというわけだ。
彼女は二十年ほど前に引退し、今では追憶魔術所の所長を務めているらしい。
ならあんたは幾つなんだ、と口を滑らせそうになったが三度目の死を味わいそうだったのでやめた。
そんな彼女に手渡されたのが、先程の紹介状である。
俺達が聖王を倒しに行くなら国王に資金でも分けて貰えばいいという流れで紹介状を書いてもらったのだが……。
俺は倒すなんて一言も言ってないからな。決心したけど言ってはないからな。
大事だから何度でも言いましょう。僕は言ってません!
「城内はこのような感じなのですね……」
「ああ。確かにまだ出発するには早すぎるからな……あ」
「……何の話をしているのですか?」
「いや、なんでもない。なんでもないぞ」
俺達がここに来た目的は二つ。
まずは資金調達。
金がなければ何も始まらない。装備を揃えるにも旅の支度をするにも金が要る。無一文で旅に出るのは辛すぎるからな。
俺が勇者として旅立つ時だって、それなりに資金は貰えたんだ。今だって貰えるはず。
だから王様に資金の援助をしてもらう。これが第一の目的だ。
第二の目的が“勇者の復活"だ。
今の時代における勇者の評価は最悪だ。一番悪く思われているのが聖王ならば、二番目は勇者だろう。それほどまでに憎まれているのだ。
魔王を倒し、世界を平和にするはずだった勇者は、自分が魔王となって世界を支配しようとしている。そんなのもう最悪だ。
だからこそ俺は勇者の汚名を返上し、地位を取り戻す。
そのためにも、勇者の復活を世に知らせないといけない。となると、国王に“聖王を倒さんとする勇者が現れた”という事を知ってもらう必要がある。
しかし、きっとそれだけじゃあ足りない。だから、そのあとに人々の頼みを聞いたりしていけば知名度も上がっていき、聖王を倒せば汚名返上というわけだ。
「着きましたよ」
門兵の声に俺達は足を止める。
何度ここに来ただろう。かつての仲間達と幾度となく目にしてきた大扉。
「この先が玉座の間となります。くれぐれも粗相のないよう……」
出だしを間違えたら全てが終わりだ。
大丈夫。何も心配はいらない。
俺はそのためにここに来たのだから。
「お連れしました!」
「扉を開けよ」
渋い声が中から聞こえてくる。
その言葉と共に、大きく頑丈そうな扉がゆっくりと開かれる。
冷静に。落ち着いて。
ここで間違えるなよ、俺。
「失礼いたします」
扉と共にゆっくりと中に入る俺とセレーネ。
そして流れるように俺は言葉を発した。
「やあ、久しぶり。テッちゃん!」
「……は?」
……空気が、凍った。
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