第五譚 謎だらけ


「すみません……。お見苦しい所をお見せしてしまって……」


「いや、まったく気にしてないですから……」


 もちろん嘘である。

 あんなに泣かれると流石に、語った俺に非があるんじゃないかって思っちゃったから。いや本当に。


「さっきの話は全て本当の事なのですか……?」


「ええ。あたしが視た記憶と一致してるから間違いないと思うわ」


「そうですか……」


 シスターは俯いてブツブツと何かを言っているが気にしない事にする。

 さて、俺の正体についてはこれでいいとして、本題はここからだ。というか元々こっちがメインだったし。


「その話は置いといて、この身体の記憶を視てもらいたいんだけど」


「その身体の記憶はもう視たわよ?」


「じゃあ簡潔に教えてくれ。これは誰なんだ? いつどこで生まれてなんでここにいる?」


 魔術師は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにため息を吐いた。


「はあ。これだからめんどくさい」


「いやこれお前の商売」


「そもそもあなたのことなんて呼べばいいわけ? 勇者様? 聖王? 難民? 村人D?」


「なんでDまで飛んだし」


「じゃあ説明の時は村人Dで」


「せめてAにして!」


 A、B、Cの村人はどこ行った。

 この魔術師、相当できるな。


「じゃあ簡潔に……。名前はアルヴェリオ・エンデミアン。歳は……十八、ね。ここより遥か遠くの辺境の地で生まれ育ったわ」


 この身体の持ち主の名前はアルヴェリオ・エンデミアン、か。リヴェリアよりこっちのほうがカッコよくていいかも。

 しかし、辺境の生まれか……。五十年前はそんな辺境に人が住んでるなんて聞いた事もなかったが……。


「それと……。言いにくいんだけど、アルヴェリオの一族は滅んでる可能性があるわ」


「は?」


 辺境の地にはそれほど強い魔物はいないはずだ。少なくとも五十年前はそうだった。人のいない場所に強い魔物は配置させないのが魔王だ。

 それでも今この女性は滅んだと言った。


 同士討ちという事か? しかし滅んだという事は誰も……いや、まさか。


「こいつが滅ぼした……?」


 でもこの身体で一族を根絶やしにするのは不可能だ。こんな華奢な身体では大人たちには勝てない。

 だとするとどうやって……。


「思い込み過ぎ。アルヴェリオが滅ぼしたわけじゃないから安心しなさい」


「それでは聖王の手下達にやられたというわけですか?」


「あたしの記憶で視えたのは、から必死に逃げているアルヴェリオと焼かれた村の光景よ」


「そのが村を滅ぼしたって事か……」


 おかしい。

 あの魔王なら街や王国といった被害の大きい場所を襲うはずだ。わざわざそんな辺境の地を襲うはずがない。


 つまり聖王と魔王は同一じゃないって事なのか……?


「ここからはあたしの憶測なんだけど、何かから必死に逃げてきたアルヴェリオは王都に着くなり疲労や怪我、衰弱状態の為に亡くなったと思われるわ」


「……どういう事だ?」


「つまり、その亡骸に。そしてあなたは転生を果たしたってことなんじゃないかしら?」


 魂が転生した……?

 そうか。だから俺は赤ん坊からじゃなくこの姿で目覚めたのか。


 つまり今の俺はアルヴェリオ・エンデミアンの身体を貰ったって事か? でも何故また俺は転生したんだ? こいつに代わって何かしろって事なのか?

 もし――もしそうならアルヴェリオの分まで生きてやらなきゃダメ……だよな。こいつの果たせなかった事もできる限りやってやりたい。


「ありがとう。知りたかった事全部知れたよ。本当に助かった」


「いいのよ。あたしも珍しいもの見せてもらったし、勇者様にも会えたしね」


「悪いんだけど今は金を持ってないんだ。後払いでいいか?」


「お代もいらないわ」


 そう言って顔を小さく横に振る魔術師。

 流石は王都。優しい人ばかりだ。


 まあ、元々金払うつもりなかったんだけどね。内緒よ?


「それと村人D。目上の人への敬語は忘れちゃ駄目よ? あたしは気にしないから敬語じゃなくていいけど」


「えっ? ああ、悪い……」


 すっかり忘れてた……。

 でも、この世界では教会の者や貴族、王族といった人達にしか敬語は使わないはずなんだが……五十年経ってルールが変わったのか?


「いいのよ。そんな事よりお連れの人どうにかしたほうが良いんじゃない?」


「お連れ?」


 お連れという単語を聞いた俺はゆっくりと横を向く。

 俺の隣に座っていたシスターは、手で顔を覆って俯いている。


「……あの、どうしました? 話終わりましたけど……」


 俺の言葉に反応したのか、肩をぴくっとさせる。


「じゃあ俺もう出ますんで、後はよろし――」


「――勇者様」


 あれ? おかしいな。立ち上がろうとしたはずなのになぜか立ち上がれないぞ。

 おかしいな。俺の腕を掴んでるその左手を話してくれたら立ち上がれるんだけどな。というか力強いなあんた。


「……決めました」


「……な、何がでございましょうか?」


 俺の問いに答えるかのように、顔を上げたシスターは、ずいっと顔を俺に近づける。


「私は貴方に着いて行きます。勇者様――いえ、アルヴェリオ様」


 必死な顔で俺を見つめてくるシスター。その優しくも強い芯を持った瞳には涙が溜まっており、今にも零れ落ちそうだ。


「……いや、え? 何どういう事?」


「先程、勇者様の真実を知った私は自分を責めました。憶測だけで貴方を悪と決めつけていた自分を恥じました……」


 いや、まあ俺もそこら辺の事はよくわかんないから何とも言えないけど……。

 もしかしたら俺がなんかやっちゃったのかもしれないしね!


「そして勇者様のこれまでの壮絶な人生の話を聞き、とても感動しました……。今の境遇についても同様にです」


「な、なるほど……」


「そんな状況でも明るくふるまう貴方の姿を見てこう思いました。傍でお支えしたい……と」


 明るくふるまってるというか、これが性分なんですが……。

 しかしなんだろうこの感じ。前にもこういうのあったような……。


「ですから、私も連れて行ってください! まだまだ若輩者ではありますが、これでも僧侶の端くれです。回復ならお任せください」


 ……おや? 気のせいかな。この娘もっの凄い勘違いしてるっぽいんだけど。

 気のせいだよな。うん。そうであってほしい。


「ちょっと待って。それって俺と一緒に聖王倒しに行くとかじゃ、ないよね?」


「……? 何を言っているのですか? 倒しに行くのでは?」


「ですよねっ!!」


 こうして、僧侶であるセレーネが仲間に加わった。

 聖王倒しにいくなんて考えてなかったけど、よくよく考えてみれば俺のふりして悪さしてるってのは許せない。特にその行為によって勇者の名が穢されてるのが我慢ならない。


 本当はどこかでひっそりと暮らしていたかったんだが、仕方ない。

 倒してやろうじゃないか。偽物を。

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