第65話 プールへ行こう!②

 流れるプールというものがある。川のようにひたすら一方向に進んでいく。

 それの何が楽しいんだ? と、テレビで見たときは思っていたのだが……存外、入ってみるとなんか高揚とした。

 ただ一つ不満があるとしたら……


「こんなに人がいなければな」


 もちろん分かったうえで来たのだ。それでも文句の一つくらい言わせてくれ。

 なんせスペースがない。時折、見知らぬ人とぶつかりそうになる。実際に何度か肌が擦れたりもした。


「うーん、確かに多いわよね。みんな考えることは一緒ってことね」


 俺のぼやきを聞いていた綾波が、ぐるっと見渡して言った。


「繁忙期にはもっと多いらしい。……想像もしたくないが」

「コミケで慣れてるから大丈夫かと思ったけど、やっぱりそう都合よくいかないもんね」


 全国から集まってくるあの大イベントの会場に比べたら、全然少ないんだろうな。テレビでしか見たことないけど。

 いまですら息がつまりそうなんだから、あんな所には絶対行きたくない。


「ウォータースライダー。一回くらいやってみたいけど……ありゃ、ムリ」

「そう……? 混んではいるけど、待ち時間はそんなになさそうよ」


 ここより奥にある普通のプールに、一際目立つウォータースライダーがある。

 遊園地の人気アトラクションとは違って、文字通り流れるように人垣が進んでいる。


「いや……なんつーか、子供が圧倒的に多いから行きづらいなぁー……と」

「えー、なんで? 別に気にしなくてよくない?」


 そうなんだけどさ! でも、なんかちょっと勇気がいるんだよっ!


「あたしはそんなに気にしなくて良いと思うけど……そうね、だったら簡単な解決策があるわよ」

「なに……?」


 なぜか不敵に笑った綾波は、浮き輪に体を預けて流される花音に目を向けた。

 花音はかれこれ二十分ほど、ああして天井を見上げながら流れていた。いちおう、本人はアレが気に入ったようだ。


「知りたい?」

「……どうだろ」

「滑りたいんじゃないの?」

「一回くらいって、言ったろ? 何がなんでもって程じゃない」

「でも、滑りたいよね?」

「あぁ、もうそれでいいや。……で、どんな策があるってんだ」


 ふふん、と綾波は鼻を鳴らす。

 その時点で本人が思うほど、良策ではないのだろうと何故か確信した。

 俺の白けた様子に気づいた気配もなく、綾波は自身ありげに言い放つ。


「ズバリ! 花音ちゃんを連れて行けばいいのよ」

「…………」

「あたしらの中で一番身長の低い花音ちゃんなら、あの中に紛れても違和感なんてない」

「はあ……」

「花音ちゃんが隣にいることで、アンタは父親として周りから認識されるってこと。ふふん……どうよ、天才的な発想でしょう?」

「…………そっすね」


 一体どこをどう見たら、俺と花音が親子に見えるのか。誰か教えておくれ。

 兄妹というのなら分かるが、親子だけはどう考えてもおかしいだろうに……。


 ……ん?

 そういえば……なんか、こういう話をしたら真っ先に不機嫌になりそうな莉音は?


「莉音?」


 周囲を見渡す。

 すると、端っこで足だけを水につけて座っている莉音を見つけた。

 いったい何してるんだ?

 遠目からでは分かりにくいが、どうも苛立ってるように見える。それか、殺気立ってるともいうか……。


「悪い、ちょっと行ってくる」

「そうね。早く行ってあげなさいよ」


 いちおう、綾波に了解を取った。

 莉音の唯ならぬ様子に気づいたのだろう。むしろ「早く行け」と目が告げていた。


「おーい、莉音」

「あっ……兄さん。どうかしましたか?」

「いや、お前こそどうした?」

「……っ、何がですか?」

「それはこっちが聞きたいって。何かあったのか?」

「何もありませんよ……、ほんとに……今のところは何も……」

「?」


 今のところ? まるで、これから何かが起きるみたいな口振りだな。

 それと近寄ってはじめて気付いたが……莉音は苛立ってるというより、なにかを警戒してるような感じだ。


「なぁ……莉音、あっちで一緒に遊ばないか? せっかく来たんだからさ」


 俺は綾波たちのいる方を指差した。

 莉音がなにを考えてるにしろ、このまま放ったらかしにはしたくない。

 そんな思いが伝わったのか。或いは心配を掛けまいと思ったのか、莉音は少しの逡巡のあとコクリと頷いた。


「そう……だよね。せっかく、お兄ちゃんと二人きりなんだから楽しまないと」

「いやいや、他に二人……と遅れてもう一人いるからな!」

「えっ──? なんか言ったお兄ちゃん♪」


 莉音は迫力ある笑みを浮かべると、透かさず俺の手を引いた。そして、綾波たちとは逆の方にある普通のプールへと歩き始めた。


 おいおい……マジか。マジなのか!

 まさか、このままアイツらから離れて、強制的に二人きりになるつもりなのか?

 今日は〝二人〟じゃなくて、〝みんな〟で遊びに来たんだが!?

 それと、さらっと流してしまったが『お兄ちゃん』呼びに戻ってる。


 手を引かれるまま困惑していた俺に、莉音は見透かしたように微笑する。


「あの二人はしばらく放っておいても大丈夫だと思うよ。だから今は……私に付き合ってよ、お兄ちゃん」




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出会い系アプリで出会うは妹であった。 花林糖 @karintou9221

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