第46話 返された答案用紙

「ちょっ……ちょちょちょ待ッ!」

「はいはい、赤点の生徒は補習ですので忘れずに……」

「いやいや先生無視しないで!? これは酷いってマジで……ッ!」

「……仕方ないでしょう? 先生だって、間違える事はあります」

「だったら後生です! これは──」

「悪いとは思いますけど、私にも立場がありますので。諦めなさい多田くん」


 この世の終わりとばかりに蒼白した顔で、紀文は自身の答案用紙を確認する。

 数日前に行われた期末考査の答案用紙が返されて、担当の先生の解説と確認が行われたのだが、その結果──。


「ぐっ……なんで、だよ……。なんで、間違った所にマルしたのは先生だろぉ? なのに……なんで、なんだよぉ……」


 流石に同情を禁じ得ない。

 現在は数学の時間で、紀文の訂正前の点数は三十一点。つまりはギリギリで赤点を免れていたのたが、ここで思わぬ事が起こった。

 答え合わせするうちに、紀文の回答には正解にバツがされていたものが一問あって、そのことを先生に報告した。

 これだけなら、寧ろ二点分が加点されてお終いになるのだが、そこで先生はある事に気付いてしまった。


(まさか不正解にマルしてるなんてな……。しかも、都合良く三点分の配点とかないわなぁ……。紀文の運がないというか、新手のいじめか何かなんじゃ……)


 運良く二点分加点されたのも束の間、結局三点も減点されて、最終的には丁度三十点。

 うちの高校では、三十点が赤点となっているので、紀文はまさか逆転サヨナラホームランを打たれてしまったのだ……。

 本当に居た堪れない……。


「俺の……俺の夏休みがぁ……ッ」


 昼休みになってもまだ、紀文は意気消沈した様子でぶつぶつ文句を言っていた。


「うっさいよ多田。大体さァ? 一夜漬けなんて見苦しい真似するからそうなるんじゃなーいの?」

「うううっせい! 俺は前日に頭に叩き込むタイプなんだよっ!」

「ブハッ……ふ、ははははははははっ!? 出来てないから赤点取ってんでしょ!?」

「ぐぅ……そ、れは……」

「綾波……。お前って、本当に楽しそうに紀文を虐めるよなぁ……」


 もうこれでもかぁー、ってくらいにイキイキとしている。いっそ清々しくて見ていて飽きないやり取りだ。

 さらに綾波の正論で言い返す事も出来ない紀文はなんとも情けない。


「そ、そういうお前はどうだったんだよ!? 俺をバカにする前に……」

「赤点はないからいいんじゃな〜い?」

「ち、くしょー……。な、なぁ陽太は? 陽太は俺の仲間だよな? 補習受けるよな?」

「……どうして俺を同類だと思ったかは知らんが、少なくとも綾波よりは成績いいの忘れてやしませんかね?」


 そもそも家庭教師(妹)がいるこの俺が、赤点なんぞ取るわけがなかろうに……。

 学年でも上位に食い込めた事もあって、取り敢えず莉音に怒られる事もない。


「ざまぁーないわねぇー。ただ多田のバーカだよ♪」

「てんめーッ!」

「ぶふっ……」

「お前まで笑うなよ!?」

「いや……くふっ、だって……さぁ」


『ただ』と『多田』の微妙なイントネーションが綺麗にマッチして、何とも面白い。

 笑わずにいられるものか。


「ていう多田さぁ……。他の教科も赤点あったしょ? なら今さら嘆いても意味ないんじゃないの?」

「だってよ! 回避したと見せかけて裏切られたんだぞ!? 辛辣過ぎるわッ!」

「自業自得」

「くっ……ほんと、なんでこんな事に……」


 欲張って見せに行かなければ、何事もなく終わっただろう。

 紀文はそれからは大人しくなった。


「それにしても、沢田兄もやるよねー」

「何がだよ」

「何ってテストだよ。もしかして毎日勉強してんの?」

「まぁ、暇だしな。それに成績下がれば……」

「へー、アンタの親って意外と厳し──」

「莉音がむくれる」

「あ、さいですかー(棒)」


 何故か納得顔で頷く綾波は、手に持ったパンに齧り付く。


「ほへよい、ほうはこひんられはほばない?」

「なに言ってんか分からん。ちゃんと飲み込んでから喋れ」

「うぅ……んぅ、ごく……ぱぁ。んじゃ、約束ね」

「いや内容をもう一回言えってんだ」

「はぁ……やれやれ、仕方ないなぁ」

「何で俺が悪いみたいなってんの?」


 わざとらしく首を振る綾波は、本当に仕方なさそうに『それより、放課後みんなで遊ばない?』と言い直した。


「アンタらと、私に沢田妹……音無さんは無理かぁ……」

「莉音はともかく……というのも難しいけど、今は不問にする。それよりも教えて欲しいんだが、何故に音無までカウントしようとしてんだよ? 話した事ないよな?」

「アンタが誘えばいいじゃん」

「…………」


 何故だろう。

 綾波の言うことはもっともで、誘えば──誘わずとも追ってくる気はするが、きっと喜んでくれるだろう。──が、莉音の逆鱗に触れそうな予感がある。


「……そ、れはちょっと。因みに何処に行く気なんだよ」

「そりゃ、この人数ならゲーセンかカラオケでしょうが」


(あ、うん。なら尚更やめとこう……)


 つい先日、汗で汗を洗う争いを繰り広げたばかりの莉音と音無を会わせたくはない。

 これ以上のいざこざは、ガチで御免被る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る