第41話 対戦2 シューティングゲーム

 結論から言えば、莉音が格ゲーで勝てたのはその一度だけで、後は音無が圧勝。

 恐らく普段から通っているであろう音無は、流れるような手捌きを披露し続けた。

 一方で莉音は、二戦目の段階で手に負担が蓄積していたため、その後はミスを連発する羽目になった。物凄く悔しそうだった。


「じゃあ次はこれです」

「シューティングか」

「次も、勝つから……」


 今回はポイント制のガンシューティングなので、制限時間以内に多くポイントを獲得した方が勝者である。

 先の格ゲーとは違い、対戦相手が存在しないため、冷静に稼ぐことが出来るだろう。

 莉音としては、情けなく負けた汚名を返上するために気合十分。最初の敗戦を引きずった様子は微塵も感じられない。


「それで、どっちが先にやるんだ?」


 だが生憎、空きスペースは一つしかなかった。よって交互にプレイするしかなくなった訳だが……。


「莉音は何度か遊んだことあるよな? 音無は……」

『ある』

「という事は、二人ともどんなゲームかは分かってるんだな?」

「そうですね。ただ、今回は後攻にまわりたいです」


 莉音はそう言うと、両手を挙げて苦い表情を浮かべた。


『分かった。手、ちゃんと休ませてね?』

「……言われなくても、そのつもりです。ですが、お気遣いありがとうございます先輩」


 ガンシューティングは敵を撃ち殺すゲームだが、難易度により敵の数なども大きく変わる。

 しかし敵の初期位置が変わる訳ではないため、一度でもプレイした事があれば、敵の数や攻められ方などは予習できてしまう。

 仮に莉音がプレイした事があり、音無が未経験ならばフェアではない。が、今回はそういった事はないようだ。


『じゃあ、始める』

「頑張ってな」

「「……ッ!?」」

「な、何だよ突然……」


 何故か二人は驚愕して、莉音に至っては絶望感に似た表情まで晒している。何故に?


「に、いさん……?」

『頑張る!!』


 辛うじて声を出せた莉音は悲しげで、逆に音無は元気な文章を送り付けてきた。音無はともかく、莉音は目眩でもしたのかフラフラとその場に膝をつく。

 これは……ヤバいっ!


「ど、どうした莉音!?」

「ぅ…………」


 一目のある所では絶対言わない呼び方。

 そして今にも泣き出しそうなその顔で俯いて、体を寒そうに震えている。ハッキリ言って異常事態である。


「はぁはぁ……くっ、はぁ……はぁはぁ」

「過呼吸まで!? おい莉音、しっかりしろ! 何があった!」

「に、ぃさ……」

「ちょっと莉音! 救急車呼んだ方が良いのか? あれ、救急車って百十番だったけ!?」


 突然の異常事態。

 冷静さを欠くのも当然で、慌てふためく様は滑稽に見えるかも知れない。


「だい……じょう、ぶ……」

「だ、大丈夫なもんか! 早く……」

「違う、の……。あ、はぁ、ふー……」


 過呼吸気味だった莉音は浅く、リズム良く呼吸を整えて復帰する。落ち着いたようだが、その顔は未だに悲痛に歪んでいて、明らかに無理をしている。

 今日はもうお開きにした方が良い。


「いいから。今日はもう帰って休もう」

「ふぅー、はぁー。うん、もう大丈夫です。ええ、本当に……ご心配をお掛けしました」

「いや、本当にダメだ。疲れてるんだよ。今日はもう……」

「違うんです。兄さん……。兄さんがいけないんですよ?」

「は、はい?」


 先程見せた絶望的な雰囲気は何処へやら、莉音は拗ねたように小声で真相を語る。


「(兄さんが、音無先輩なんかの応援をするから……。悪いのは兄さん……ですよ?)」

「な、何を……」


 ゾッとした。

 莉音の声音は底抜けに冷たく、感情が抜け落ちたような……。その瞳は俺を見ているようで見ていない。そんな筈はないのに、そう思わせるほどに冷たい。

 それが嫉妬心の表れであるのは言うまでもないが、それにしたって……。


(女の嫉妬は恐ろしい……とは、言うけどここまでとは……)


 莉音はゆっくりと俺から離れ、音無に向き直るとゲーム開始を促した。


「……いいの?」

「はい、お構いなく。ご心配お掛けしましたが、よくあることですので……」

「…………分かった」


 よくあること発言には疑問を禁じ得なかったようだが、莉音の表情から引く気はないことを察したようだ。


 そして始まったガンシューティング。

 音無がガチのゲーマーである事は格ゲーの段階で分かっていたが、流石に巧い。そして素早く敵を屠る様は憧れすら抱く。


「す、げぇ……」

「…………」


 莉音はといえば、先の件以降一言も発してはいない。ただジッと音無のプレイを観察しているのだ。……あの感情のない目で。


(怖い……怖いよ、俺の妹……)


 かつて、ここまで妹に恐怖した事があっただろうか? 俺の迂闊さが、莉音の秘めてる闇を浮上させた?


(いやいやいや! 俺の妹、俺のこと好き過ぎだろ!?)


 ブラコン気味だとは思っていた。自惚れかも知れないが、莉音は想像以上に俺のことが好きなのだと思う。しかし、それは妹としての感情の域を出ていない。

 けれどこれは、兄以上一歩手前くらいの感情はありそうだ……。


 やがて音無はゲームを終え、ポイントを確認する。やはり高得点を叩き出しており、一朝一夕では超えられない。だが──。


「私の番ですね」


 莉音は澄ました顔で音無と入れ替わり、すぐにゲームを開始する。

 やがて──。


「うそぉ……」

「……やる」


 嫉妬心が臨界点を超えた莉音は、それは凄まじいほどの八つ当たりだった……。敵が現れた瞬間、正確に的確に殺して殺して……殺しまくった。

 そして音無より数秒早く終わらせて、そのポイントは圧倒的だった。


「ふぅ……。私の勝ち、ですね……?」


 振り向いたその顔は、清々しい朝を迎えた時のように……スッキリとしていた。

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