第131話 彼女(3)

この番組は


人気ポップス歌手やアイドルたちが出る


いわゆる『歌番組』で。



真尋はクラシック演奏家なのだが、そういう枠を超えて売り出したい、という志藤の意向でこういう仕事もけっこうあった。 


本人もわりとこういう場が好きなので、トークの収録も張り切って参加していた。




萌香はスタジオの隅でそんな彼を見ながら


時折、笑ったりして一緒に楽しんでしまった。




しかし


演奏の収録となると真尋の表情は一変し、


ヘアメイクさんが髪や服を直したりしている間も、目を閉じて手だけを膝の上で動かしている。


時折、手を摩ったりして集中力を高めてきているのがわかる。




そして


本番。




さっきまでトークであんなに笑わせていた人と同一人物だろうか。


そう思うほど


表情が変わる。


怖いほど目が輝いて。



曲は


『パガニーニによる大練習曲第6番』



生で聴くと


ほんとうにすごい。





ホールで聴いたことはあったが、こうしてスタジオのような密閉された空間で聴くと


その音で身体が包まれているのがわかる。





あの人が


彼のピアノに夢中になって


心から愛してる気持ちが


よくわかる。



萌香は斯波のことを思う。





1曲目を弾き終えて、真尋は萌香のところに飛んで行き、


「どうだった?」


と笑いかけた。


「・・サイコーでした、」


萌香も微笑む。


「ねえ、次の曲も絶対に感動させるから・・」


真尋はふっと彼女の肩を抱き耳元で


「・・終わったら・・食事しようよ、」


甘えるように囁いた。




困った人。




萌香はそう思いながらも、


ふっと微笑んで


「・・はい、」


と頷いた。


「よっしゃ!! ヤル気になってきた!!」


真尋はオーバーにガッツポーズをとり、雄たけびを上げた。




斯波は予定より打ち合わせが早く終わって、3時ごろには社に戻ってこれた。


「あ、おつかれさまです、」


八神が声をかける。


「ん、」


部署の隅にあるボードに書いてあった今日の予定を消しに行った。




その時、


萌香の今日の予定欄に


『真尋番』


と書いてあるのが目に飛び込んできた。



「は・・」



そこに通りかかった八神に


「・・栗栖が『真尋番』??」


と聞いた。



「あ、はい・・おれもさっき帰ってきたんですが。 真尋さん、今日テレビ番組の収録と取材の仕事があって。 おれが行くはずだったんですけど、ちょっとレックスでトラブっちゃって。 志藤さんが栗栖さんに行ってもらうように頼んだみたいです。ほら、あの人、ほんっとほっとくと平気でサボったりするから、」




なにィ~~??



斯波はもう平常心でいられなくなってしまった。



「んじゃ、話、けっこう早く進んだんやな。 良かった良かった。 もっともめるかと思ったし。 ごくろうさん、」


志藤は斯波から仕事の報告を受けて書類に目を通しながら言った。


「・・・・」


彼の異様な空気に、ふっと視線をやると、


いつもにも増して、ものすごい怖い顔でジッと志藤を見ている。


「な、なに・・??」


ちょっとおののいてしまった。



「・・栗栖、『真尋番』に行ってるんですか?」



それか・・



志藤は目を逸らしながら


「・・誰もいなかったんやから・・しゃあないやん、」


ボソっと言った。


「しかしっ! 彼女を行かせることはないでしょうがっ、」


斯波は思わず声を荒げた。


「・・まあまあ。 仕事やんかあ。 別になんもないって、」


志藤は憤慨やまない斯波を宥めるように、苦笑いをしつつそう言った。



ぜったいに・・


あいつなんか萌のことを口説きまくってるに違いないんだっ!



斯波の心配は


的中していた。

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