第113話 決意(2)

「今の部署には彼女が必要なんです。 どうか、帰してやってください、」




斯波は萌香の母に懇願した。


「アッホらし。 娼婦の子は娼婦やろ! あんたこの子の正体知ってんの?」



そんなセリフ


母親のクセに


よく言えるな・・



斯波はふつふつと怒りが沸きあがってきた。


そして


自分の両親のことを同時に思い出した。




『あたしが清四郎引き取ってもやってけないわよ! 夜の仕事なんだから!』


『おまえは母親だろう!? おれに押し付ける気か?』


『愛人作って好き勝手にやってるんだから、責任とってよね!』




自分を押し付けあう二人。


幼心に自分が生きていることが罪なような気がした。


激怒した父親が母親を叩く音が聞こえて。


怖くて耳を押さえて布団にもぐりこんだ。



おれは親から必要とされていない子供だ


誰にも必要とされていない子供だ




何度


一人泣いたことだろう。




「これからあんたに稼いでもらおう思ったのに!」


さらに続ける萌香の母に


黙っていた斯波は


「・・大人は・・勝手だ・・」


ボソっとつぶやいた。


「は?」


「子供が自分の思い通りになると思ったら大間違いだ! 彼女が・・どんな思いでここまで来たか! 親だったら娘のこともうちょっと考えてやったらどうですか!? あんたは彼女の幸せのことなんかこれっぽっちも考えていない! 自分のことばかりで! 萌はあんたの道具じゃない!」


斯波は怒りに震えながら


思わず感極まって涙をこぼしてしまった。



あまりの


彼の剣幕に


母も・・そして萌香も圧倒されて黙り込んでしまった。



「親なら・・親なら、娘の幸せを一番に考えてください。 ほんっと・・なんでこの世に生まれてきたのかわかんなくなる・・」


「斯波さん・・」



萌香は


彼の真摯な言葉に


心が震えた。



「お金は・・少しずつやけど送るから。 私もサラリーマンやし、そんなには稼げへんけど。 ほんとうにきちんと仕事をしたいの、」


萌香は静かに、そしてしっかりとした口調で母に言う。


「おれは・・彼女のことが好きです。 ほんとうにもう一度会いたくてここまで探しにきました。 いろんなことがあった彼女を、これからはおれが支えていきたい・・」


斯波は少し恥ずかしそうに手で涙を拭った。


「お母さん・・お願い・・」


萌香も震える声で言った。



母は


ため息とタバコの煙を同時に吐いた。



「・・もう娘なんかとっくに死んだと思ってた、」


「え・・」


「ここ出て行くときも置手紙一枚で。 夜逃げみたいにして出て行かれて。 あたしの人生まで・・全部否定されたみたいでめっちゃ・・悲しかった、」


「お母さん・・」


「でも、あたしはもうこうするしか生きていかれへんのやもん。 あんたがおらへんようになったって。 こうしていかないと・・生きていかれへんのやもん、」


くるっと背を向けてしまった。


その背中が


悲しすぎた。


「・・たまには・・帰るわ、」


萌香はそっとそう言った。


「帰ってこなくてもええわ。 こんなトコ出入りしてたら。 会社、クビになるで、」


ぶっきらぼうにそう答える母に


萌香はちょっと涙ぐんだ。



ここを出て行ったのは16の春だった。


十和田にマンションを借りてもらって生活をすることになり。


彼に


身体を捧げる代わりに


自分は自由を手にしたと思っていた。


ここを出て行かれると思ったら本当に嬉しかった。


母がどんな気持ちでいたのかなんて


思いもしなかった。

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