第102話 情熱(3)

真尋のリサイタルも終わり


忙しかった事業部の中も


なんとなく落ち着いてきた。



斯波は


またも腑抜けになり。




「は? なんや、おまえ知ってたの?」


志藤は南とランチに行き、斯波の話題になった。



「だってさあ。 人の携帯からあんな熱烈ラブコールしてくれちゃってさあ。 さすがのあたしもびっくりしたわ。」


南はアイスティーをストローでぐるぐるとかき回した。


「は・・あいつがそんなお間抜けなことをねえ、」


志藤は


笑っちゃ悪いと思いつつ吹き出してしまった。



「そんくらいさあ。 もう・・萌ちゃんがいなくなって動揺してるっていうか。 あの二人、いつからつきあってたの?」



「いつからかって・・言われるとわからへんけど。 栗栖、こっち来てすぐくらいに十和田会長に追い掛け回されて斯波に助けてもらったみたい。 んで、あいつんとこのマンションの隣の部屋が空いてたから貸してやったらしい。」


志藤はタバコを取り出した。



「へ~~。 斯波ちゃん、最初っから萌ちゃんに惚れてたの?」


「さあ。 わからへんけど。 まあ、それがあの二人の距離を縮めることになったのは間違いないなあ。 それから・・まあ色々あったみたいやけど。 厳密に言えば付き合ってはないと思うけど、まあ・・二人の気持ちは通じ合っていた、と言うか。」



「あたしさあ・・ほんまにこういうこと鋭いのに! ぜんぜん気づかへんかった。 なんか悔しい~。」


「おまえが悔しがってどないすんねん、」


志藤は笑ってしまった。


「・・電話もしてこないのかな、」


「みたい。 斯波には・・ほんまに申し訳ないって気持ちが強いみたいやし。」


「好きな人に会えない・・声も聞けないってどんな気持ちなんやろ。」


「まあ、つらいやろなあ。」



オープンカフェは


初秋の風が吹き。


志藤が吐いた煙がふうっと空に舞い上がった。





「斯波ちゃん! 書類がコーヒーに浸ってるよっ!」


「へ?」


斯波は南の声でハッとした。


「わっ!」


思いっきりコーヒーの上に書類が乗っかっていた。



「あ~あ~。 ダメだ・・。 シミになって、」


斯波は、それを手にため息をつく。


「もー。 それ原本パソコンに入ってるからプリントアウトしてあげるよ、」



「・・ごめん、」




やっぱり


ぼーっとしている。




南は心配になってしまい、


「ねえ、ほんまにちょっと疲れてんのとちゃうの? 休んだら?」


と彼に言った。



「疲れてなんか・・」



それに


休んだりして部屋に一人でいたら


ますますおかしくなってくる。



「どっか旅行とか行くとかさあ、」




南の言葉に



旅行・・



別に、行くとこなんか・・




そのとき


ふっと脳裏に横切った。




大阪に


行ってみようか。





電気がパッとつくように


頭の中に現れたその思いが


もう


離れなかった。




「悪い、急で申し訳ないけど。 明日から2日ほど休んでいいか?」


斯波は南に言った。


「は? えらい急やな、」


「志藤さん、今日直帰だから。 言っておいて。 しばらくは大きな仕事もないし。 おれも執筆の仕事だけだったから。 ほんと、悪いけど。」




斯波はもう


いてもたってもいられなくなってきた。




もう行くしかない。




彼女が電話にも出てくれないのなら


こっちから


行くしかない。


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