第92話 待つ(2)

志藤は萌香と十和田の関係を事業部のみんなに全て話をした。


そして十和田が余命いくばくもなく、そのために萌香が大阪の彼の所に行ったことも。


「十和田のことを好きやとか、愛してるとかやなくて。 今まで世話になった義理を果たしたいのと、何とか会長に納得してもらって別れたいって思う気持ちで。 みんなに迷惑を掛けたくない一心で辞表まで書いて。」


水を打ったように空気がシンとなった。


「だから、会社には内緒で。 おれはあいつを待っていてやりたいねん。 会長の死を願うようで気持ちのいいことではないけど。 何とかあいつが納得行くようにことが運ぶまで。」


斯波はずっと押し黙っていた。


みんなの反応が少し怖い気もした。


「・・そんなん・・待ってるよ。 あたしだって、」



南が一番先に口を開いた。


「萌ちゃん、ウチに遊びに来てくれたとき、ほんまに楽しそうやったもん。 これから・・もっともっと仲良くなれるって思ってたのに・。 志藤ちゃん、絶対にやめさせないで! あたしはほんまに真太郎と出会うまでに、どーしようもない人生送ってきたけど! でも・・絶対に人って変われるし。」


いつもの力強い声で言った。


「・・そうです。 栗栖さんは真面目に・・本当に真面目に仕事にも取り組んでくれていましたし。 彼女は会社の他の人たちからはよくは思われていませんが、おれたちだけでも・・信じてあげて一緒に頑張っていきたいし、」


玉田もいつもの笑顔で言った。


斯波はハッと顔を上げた。



「そうですよ。 まあ、少なくともおれよりも仕事できるし。 それに・・彼女が来るようになってから、得意先の人たちもなんかすんごいあからさまに態度変わっちゃって。 仕事やりやすくなったし。 そういうの利用するってわけじゃないけど、栗栖さんってキチンとわきまえて、上手くやってくれてる気がしたし。 結局、男って美人に弱いしね、」


八神らしく暢気な意見を言って笑った。


「それはあんたのことちゃうのん、」


南は笑った。



志藤はみんなの気持ちが嬉しくて、ふっと微笑み


「ありがと。 そやな、おれたちだけでもあいつを信じてやって。 人、足りなくて大変やけど、あいつを待っていてやって欲しい、 おれはあいつを辞めさせない。」


と言ってから、斯波を見て


「・・ええやろ?」


と話を振る。



「えっ・・ああ・・はい、」


斯波はいきなり振られて、思わずうなずいた。



「よっしゃ、みんながんばろ。 あたし2人分仕事するから、」


南はいつものよく通る声で明るく言った。




萌香は十和田の病室に入る。


彼の妻が来るのは月曜日と水曜日以外なので、会わないようにその日に行くことにしていた。


気配を感じて眠っていた十和田はそっと目を開ける。


「すみません。 起こしてしまいましたか、」


短い期間にすごく弱ってしまっているようだった。


「いや・・」


十和田はゆっくりと起き上がろうとする。


萌香はそっとそれを支えた。


「今なら。 もうおまえを東京まで追いかけて行かれへんで、」


「え・・」


「何もでけへん、」


いつも隙がないほどの


圧倒的な存在感だったのに。


今は弱々しい声でそう言うのが精一杯のようだった。




『おれはもう長くない。 せめて最期はおまえに側にいて欲しい、』



その電話を貰って。


どうするべきかものすごく考え、悩んだ。


あんなに逃げたかった人であっても、相手が追いかけることができなくなったのをいいことに、のうのうと暮らしていけない気がした。


もう


自分は


この人から逃げてはいけない、と思った。



斯波を愛する気持ちはあるけれど


無理やりここで東京に残っても


自分が人間として


恥ずかしくない生き方ができないように思えて。



彼とはこれっきりになるかもしれない、と


覚悟をして。




そして


最後に抱いて欲しかった・・。



「本部長が・・私を探しにわざわざ東京から来てくださいました、」


「ああ・・あの男、」


「会長に会いたい、と言っていました。」


と言うと、ふっと笑って


「会ったって。 何もいうことはないし、向こうが何を言いたいのかももうわかっている。」


寂しそうに


本当に


寂しそうにそう言った。


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