第84話 儚く(3)

呆然と


その場に立ち竦んでしまった。



彼女が


消えた・・。




どう考えても


出かけているだけの


部屋の中ではなかった。



あとから気づいたが


家電製品のプラグも全て抜かれていて。


ブレーカーも落とされていた。



携帯の音で


ようやく我に返った。



「おい。 どこにいるねん。 これから外出の予定やってのに、」


志藤だった。



「あ・・」



斯波は言葉を失ってしまった。



「なに? どないしてん、」



「・・栗栖が・・いなくなって・・」



呆然としたまま


彼にそう告げた。


「は・・?」


志藤は彼の言う意味がよくわからなかった。



「どこかへ・・行ってしまって・・」


「はあ? おまえ、なに言うてんねん・・」



志藤の電話中、総務の女子社員が郵便物を持ってきた。


その中に


『栗栖萌香』


と差出人の名前がある封書を見つけた。




え・・



一気にこのわけのわからない状態が繋がったような気がして、



「斯波! すぐに戻って来い。」


と言った。


「え・・」



「いいから、早く!」



嫌な予感が


いっぱいになった。




斯波はすぐに社に戻り、小会議室で待つ志藤の所へ行く。



「これ・・」


志藤は封書を彼の前に差し出した。


「これは・・」


「二通、入ってた。 封筒の中に。 ひとつはおれ宛で。 『退職願』。」


「退職・・?」


斯波は動揺した。



「そして、もう一通は・・おまえ宛てやった。」




その封書を受け取り、慌てて開けてみた。



そのとき


チャリンと音を立てて


何かが床に落ちた。



「マンションの・・」


斯波は呆然としながらそれを手に取る。


「え・・?」



「マンションの部屋のカギ・・」



斯波はそれをぎゅっと握り締めた。




『突然姿を消して申し訳ありません。 敷金・礼金の残りのお金と今月分のお家賃は必ずお送りします。 短い間でしたが大変お世話になりました。 栗栖萌香』



あまりにも


あまりにも事務的な短い手紙で。



ウソだろ・・?




斯波はその文面を読みながら、手が震える。



なんで・・


どうして・・?




疑問形ばかりが


頭の中を埋め尽くして。




「何か、あったんやろか・・」


志藤が心配そうに言うと、



「・・わ、わかりません。 昨夜・・一緒に過ごして・・」



消えそうな声で言う彼の言葉に


志藤は


その意味を悟る。




斯波は


揺れる気持ちを押し殺すように


そのキーを握りしめて


小さく震えた。

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