第79話 悲しくて(1)

おれはいったい


どうしちゃったんだろうか・・



萌香が自分の部屋に帰った後


斯波


はベッドに寝転んで、ぼうっと天井を見つめた。


あのまま


彼女を自分のものにしてしまうことも


できたかもしれない。



だけど


もっと


もっと


奥深いところで彼女と繋がっていたかった。



あのキスも


手のぬくもりも。



初めから求めていたかのように。



おれはこれから彼女のために何ができるんだろう。



あいつがまた彼女の元に訪ねてきて


結局、なにもできずに


やりきれない気持ちになるだけで。


それだけなんじゃないだろうか・・



彼女と出会って


4ヶ月。


たったそれしか経っていないのに。


本当に恋に堕ちてしまった・・。





萌香は窓を開けて


三日月を


見ていた。



何も考えずに


あの人のところに飛んで行きたい。



もう


手を伸ばせば届きそうなところにいるのに。



遠い。


あの三日月のように。





そこに


携帯が着信する。



ウインドウには


十和田の名が映し出されていた。


萌香はその携帯を握り締めて、ためらいながらも通話ボタンを押した。







翌日は朝から雨だった。



今日は電車だな・・



斯波はカーテンを閉め、家を出ようとする。



すると


萌香も偶然に部屋を出てきた。


「あ・・」


二人は思わずお互いに小さな声をあげた。



そして気まずそうに


「お・・おはよ、」


斯波は目を逸らした。



「おはよう・・ございます、」


萌香も恥ずかしそうに言った。


無言でエレベーターに乗り込む。




すっごい


恥ずかしいし。


その上・・気まずいし。




斯波はそればかりを考えていた。



いつものように混雑してる電車の中。


この前のように人に押されて流されそうになる彼女の腕を掴んだ。


そして


ドアの横のスペースを彼女に開けてやり、自分が守るように前に立った。




ゆうべと


同じ


彼のコロンとタバコの香りがした。



あのキスを


思い出して、萌香は少し顔を赤らめてうつむいた。



電車が大きく揺れたので、斯波は思わず彼女の背中に手をやった。



「あ・・ごめん・・」


小さな声で言う。


「・・いえ、」




神様・・


今だけ


幸せな時間を


私に下さい・・




萌香は安心したように目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る