Storm

第61話 デット・ロック(1)

志藤の秘書に、という話は萌香は少し考えさせて欲しい、と頼んだが


なんだかとてもやる気に満ちてきた。


自分が必要とされている、という喜びをかみしめていた。



ところが



ある晩


萌香が9時ごろ帰宅すると、いきなり道路わきに停めてあった車から十和田が出てきてマンションのエントランスの前で彼女を遮るように立ちはだかる。



「遅かったなあ。 待ってたで。」


彼はニヤっと笑う。


「え・・」



突然現れた彼と


そして


なんだかその風貌が鬼気迫るような様子であったことにすごく驚いた。



「ど・・どうして、」


「ほんまは。 おまえがどこに引っ越したかはすぐにわかってた。 でも、私も忙しくてなかなか来られへんかった。・・おまえも少しは自由が満喫できたやろ?」


彼はこの前会った時と


別人なのではないかと思うほど


顔色がものすごく悪く


げっそりとして、萌香は彼が現れた恐怖と別の恐怖を感じていた。



「・・も、もう・・許してください。 あなたに出していただいたお金は一生をかけてお返しします、」


萌香はうつむきながら言う。


「金はどうでもええねん。 返してくれなくても困ってへんし。 おまえを・・この手にとりもどす。」



その目は異様なほど


奥から光を放っていて


怖くなるほどに。


「わ、別れてください。 本当に、もう・・私は、」


「会社・・辞めたくないやろ?」


十和田は不気味に笑った。


「え・・」


この男が何を考えているのか、想像するだけでゾっとする。


「やめてください・・なにを、」


「絶対に・・離さない。 おまえを必ずつれて帰る、」


十和田は萌香の腕を掴んだ。



そのとき


斯波が帰宅してきた。



「え・・」


斯波も


萌香も、そして十和田も驚いた。


「十和田・・会長・・」


「きみは・・ホクトの、」


十和田は萌香の居場所を探ったが、ここが斯波のいるマンションだとはわからなかったので彼の存在に驚いた。


「ここは、きみも住んでいるのか、」


「うちの父親がオーナーをしています、」



突然現れた彼に


斯波も動揺した。



十和田は萌香に向き直り、


「どういうことや・・この男とはどうなっているんや、」


十和田は声を荒げた。


「か・・彼は関係ないです! 本当に私が困っていたから・・空いている部屋を貸してくださっただけです!なにもないです!」


萌香は必死に否定した。


「ほんまにそれだけか、」


十和田はすぐには信じられないようだった。


「連れ戻しに来たんですか、」


斯波はそう言ったが、


「あんたに関係あらへんやろ・・それとも下心あって・・こんなことしてるんか。」


十和田はにやりと笑う。


「し・・下心って。 そんなもんあるわけないでしょう!」


斯波は怒りに震えた。


「彼女には構うな・・ここも引越しさせる、」


「やめて! やめてください!」


萌香は顔を手で覆った。


「こんなにいやがっているのに。 あなたは、どこまで・・」


「あんたかてなあ。 この女の正体知ったら。 かばうだけムダやと思うで、」


「え・・」


萌香はハッとして顔を上げる。


「この子はこんなかわいい顔、してるけど。 とんでもない女や、」


萌香は斯波の表情を一瞬、うかがった。


「やめて! もういいですから! やめてください!!」




必死に


彼の腕を引っ張って


エントランスの中を入って行った。



斯波は呆然と


その姿を見送ることしかできなかった。




あとから


のろのろと


エレベーターで上がって行き


彼女の部屋の前で思わず立ち止まる。



何もしてやれなかった



そのことが


彼の頭からどうにも離れずに。


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