第53話 すれ違い(3)

もう


心臓が


口から出そうなほど


驚いた。


さっきタクシーの中で彼女がもたれてきた時と同じ香りが鼻をくすぐる。



「もう・・、」


萌香は彼の耳元で囁く。


「え・・」


「・・寂しい・・」


泣きそうな声で


そうつぶやいた。


「・・・・」


呆然としていると、



「寂しいんです。 なんとかしてください・・」



何とかしてくださいって


何とかできっかよ・・



斯波はプチパニックに陥っていた。



ぎゅっと抱きつかれて、彼女の豊かな胸が自分の胸にいやと言うほど存在感を主張する。



男として


これは


どうなんだ・・



男の本能が疼いて


思わず両手で彼女の背中を抱きしめようとしたが、手が止まる。



ダメだろ・・


そんな


やっぱり・・



そっと彼女を自分の身体から離した。



「ちゃんと・・寝ろ。 いいから。」


静かにそう言った。



何とか彼女をベッドまで連れて行き、寝かせてやった。


「カギ・・合鍵で閉めておくから、」


と声をかけたが、全く聞こえていないようで


萌香はスヤスヤと眠り始めた。


その彼女の寝顔を見ながら斯波は小さなため息をついた。



心臓に・・悪い。



いっくら酔っぱらってたって


あんなに男に簡単に気を許しちゃダメだ




斯波は部屋に戻って、ぐらつきそうになった自分の気持を否定したかった。



『何とかしてください・・』



あんなこと言われて。


どうしたらいいか。


わっかんねえって・・。



斯波は自分の胸に手を当てた。


すっごい


ドキドキしてる。


顔も


かあああっと赤くなっていくのもわかる。


体温が一気に急上昇していくようだった。



なんだ、コレ・・




萌香は朝の光で目が覚めた。


「ん・・?」


服のまま眠っていた。


・・きのう・・


また記憶がない。


どうしよう・・


えっと・・カラオケ行って・・の途中から記憶が途切れてる。


ちゃんと帰ってきたんだ。



・・ひょっとして、斯波さんが?



ウソ


私、何したんだろう。



怖くなってきた。




何とか重い頭を抱えて、シャワーを浴びて出社する仕度をして、外に出た。


すると、いつもは時間帯が違うので会うこともなかった、斯波と出くわしてしまった。


「わっ!」


斯波は驚いて思わずのけぞる。


「あっ・・お、おはよう・・ございます。」


萌香は恥ずかしそうにうつむく。



斯波は


ゆうべのことを一気に思い出して


もう彼女を正視することができなかった。


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