第47話 彼を、思う(1)

「はい? 斯波ですか? ええっと・・」


ある朝、萌香が電話を取って斯波を探すと、横から南が



「あ、斯波ちゃん、今日から明後日までタマちゃんと大阪出張、」


と声をかけた。



「は・・はい。 あ、斯波は今日から明後日まで出張になっておりまして、」


電話でそのままを伝えた。



そうか


いないんや。



何となく


心に穴が開いたような気持ちになっていた。




その晩


萌香は英語の勉強をしていた。


英語は全部独学だった。


今では日常会話には困らないほど、彼女は必死に勉強を続けていた。



すると玄関のチャイムの音がする。



誰・・?



萌香はドキンとした。


ドキドキしながらインターホンに出る。


「はい・・」


「あ、ごめーん! ちょっといい?」


女性の声。



「は・・?」


スコープから覗くと、なんと斯波の母だった。


「ど、どうしたんですか・・」


慌ててドアを開けた。


「ごめんねー。 お客さんからカニもらっちゃってさあ。 冷凍食品会社の人だから冷凍なんだけど! 清四郎んとこ持ってきたんだけど、いないんだもーん、」


「あ・・出張で。 明後日戻ってきます、」


「えー? そうなの? ねえ、これ悪いけど食べてくんない?」



斯波の母はビニールに入ったでっかいタラバガニを萌香に手渡す。


「カニ・・」


「おいしーよ~。」


ニッコリ笑った。




「ごめんね。 こんな夜中に上がり込んじゃって。」


「いえ、別に。」


萌香は水を持ってきた。


「清四郎、カニ大好きなのに。 かわいそ。 でも、彼女に食べてもらえばいっか、」


と笑う。


「か、彼女じゃないです。」


萌香はムキになって否定した。


「冷凍しておけば、明後日までもつと思います。 そうしたら渡しておきますから、」


「食べちゃってもいいって、」


「カニ鍋とかすれば大丈夫でしょう。 こんな大きなカニ。 私一人じゃ食べ切れません。」


「名前、なんつったっけ?」


「私、ですか?」


「うん。」


「栗栖・・栗栖萌香です。」


「そうそう。 萌香ちゃんだったよね。 萌ちゃん! ねえ、ほんっとに彼女じゃないの~?」


「・・ちがいます・・」


「残念~。 あの子が自分のトコに女の子住まわせてるなんて~って思ってたし。 ここだけ2世帯でしょ? あの子、知らない人間を入れるのヤダって言って、ずうっとここ空き家だったんだよ。 それに・・あたしとか父親のせいで女嫌いになっちゃったみたいだし。」


ふっと笑う。



「女嫌い?」


「まあ・・彼女とかはいたと思うけど。 もちろんあたしに紹介とかしてくれないし。 黙って外国に住んじゃったり。まあ、親が悪いんだけどね。 かわいそうなことして・・」


斯波の母は萌香が持ってきた水を飲み干した。


「それでも・・清四郎は逞しく生きてる。 あたしなんか親として失格だけど・・きっと寂しかったんだろうなあって思うし。 スカしてるように見えるけど、けっこう自分の気持ち上手く伝えられないほうだから。 でも北都に入ってから何だか人当たりも変わってきて。 あたしにもしょうがねえなあって言いながら面倒見てくれるし。ほんと・・いい子なのよ、」


萌香はこうして自分の息子を褒めることができる母親が少しうらやましかった。



斯波さんは


両親を恨むようなことを言っていたけど


こうしてお母さんとは


心を少しだけでも通わせている



「斯波さんは本当に先輩としていろいろなことを教えてくださいます。 みんなからも頼りにされているし。 私も引っ越し先に困っていたらここを紹介してくださって。 感謝しているんです。」


萌香は静かにそう言った。


「親がダメだと子供がしっかりするよねえ、」


母は笑った。


普段の彼の様子から考えると


この母とのあまりに対照的なことに


微笑ましくて


ふっと笑ってしまう。

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