第17話 母(2)

「失礼なこと言うけど・・」


志藤は前置きをしてから


「あのオヤジさんとあのオフクロさんが夫婦やったってこと・・想像つかへんなあ、」


と斯波に言った。


「ま・・デキちゃった婚ですから。 究極の。」


斯波は自嘲した。


「え、そうなの?」


南は意外そうな顔をした。


「ホステスしてたオフクロに手え出して。 一回り以上年下の。 オフクロはそのころ年ごまかして仕事してたけど、実は未成年で。 子供できたって言われて、ほんっと焦ったらしいです。 ばあちゃんの話によると。 オヤジは最初っから結婚する気なんかなかったんだけど、ばあちゃんが斯波の跡取りだからって。 オフクロだってまだまだ結婚とか考えてなかったけど・・説得して。 半ば無理やり結婚したわけで。 うまくいくわけないんだから、」


斯波はぼんやりと頬づえをつきながら窓の外の流れる景色を見た。




「そっかあ。 デキちゃった婚って、不幸の始まりって感じやなあ、」



南の言葉に



「おれがいることわかってて言うてんやろなあ?」


志藤は怖い顔で彼女に振り返った。


「え? あ~。 意味ない、意味ないって、」


南は笑ってごまかした。


「でも! 明るくていいお母さんやん。 あたしも水商売上がりやから、なんかようわかる。 あたしもさあ社長にキャバ嬢やめて本腰入れて仕事しないかって誘われた時・・ほんまにできるかなって思ったもん。 キャバ嬢も天職かなあって思ったし。 一度、この世界を知ってしまうとなあ。 なかなか堅気になれないもんやし、」


南の言葉に斯波は笑みを浮かべて、彼女を見やった。



「・・結局。 おれは何のために生まれて来たんだって・・ことだろ?」


「え?」


「親が好き勝手したいから。 家族を解消して・・そこに残された子供はどうすんだって。」



さびしい


さびしい言葉だった。




斯波は自宅マンションに戻り、自分の部屋の鍵を開けようとして、躊躇をし。


ふと隣のドアを見やった。



『隣の住人』の


部屋のインターホンを押す。



「はい・・」


「あ・・おれ、」


声の主に言うと


鍵を開けて出てきたのは


萌香だった。





「・・電気は大丈夫? いちおう確認はしたけど、」


「はい。 何もかも・・生活には困らないです、」


萌香はうつむき加減だが落ち着いた表情で言った。




3日前。


彼女があの『パトロン』に


追われているような雰囲気を察した斯波は


黙って彼女を自宅マンションに連れてきた。



「ここは・・?」


萌香はマンションを見上げた。


「ああ。 ウチ。 厳密に言えば、オヤジのだけど。 ばあちゃんが持ってて、それをオヤジが相続した。 でも、いちおうおれが責任者的な仕事してっけど。 ここの最上階に住んでる。」


斯波は鍵を取り出しエントランスで施錠を解いた。



エレベーターで12階まで上がって行く。


萌香は


どうして彼に言われるままついてきたのか


自分でもわからなかった。




12階につくと


「ちょっと待ってて。」


斯波は彼女を廊下で待たせ、自分の部屋に入っていく。



え・・




てっきり


部屋に連れ込まれると思っていた。


今まで


出会ってきた男なんか


結局


そればっかりで。



しばらくして出て来た斯波はもうひとつの鍵を持って、隣の部屋のドアを開けた。


「ここ・・」


電気を点けた。


「ここ・・?」


その部屋はワンルームだった。



「他の階は3つ部屋があるんだけど。 全部ワンルームでこの辺の会社員に結構需要があるんだ。 ここだけは、2世帯しかなくて。 ずうっと空き家だったけど。 この前リフォームしたばっかりだから。 電気も水道も通ってる。 誰にも貸す宛てはないから。 好きなだけいればいい。 ワンルームだけどキッチンと部屋は別になってるし、最上階だからロフトもある。 使い勝手は悪くないと思うよ。」



この人が


こんなに話すのを


初めて見た。



萌香は思わず斯波を見てしまった。



「あの・・」


「とりあえず。 落ち着いたら?」


斯波は不安そうな彼女を見てふっと微笑んだ。



笑った顔も


初めて見た。



体中の力が抜けていくような気持ちになった。




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