僕と彼女とヤキモチとキス

「おっぱい。」

彼女が突然呟いた。

冬物がセール中だから服を買いたいと優莉ゆうりが言ったので、僕たちはブティックの立ち並ぶショッピングモールに来ている。休日ということもあって家族連れやカップルで賑わっていた。

そういった群衆の中で彼女がそう呟いたのだ。

「何…藪から棒に…。一応ここ外なんだけど。」

「おっぱい。見てたでしょ。さっきの店員の。」

ユウが僕の顔をふてくされた顔でじっと見つめる。

確かにさっき服を買った店の店員の中に一際大きなバストの女性がいた。正直そういったことに興味が薄いので「ああ、あんなに大きいと肩が凝りそうだな」くらいの気持ちで一瞥しただけだったのだが彼女は別の意図があると思ったようだ。

充輝みつきもそういうこと考えるんだ。ふーん…。」

優莉の顔がどんどん険しいものになっていく。早めに誤解を解かないとせっかくのデートが台無しになりかねない。

「いや、あれは別にそういう意味で見てたんじゃなくて単に肩が凝りそうだなって。」

本当のことを言ってからはたと気づく。これは言い訳にしか聞こえない。

案の定彼女の眉間の皺は一層深くなった。

「それ、言い訳にしてもかなりお粗末なんですけど。」

「いや、本当なんだって。大体そんなにじっくり見てないし。」

というか一瞬目に留めただけなのによく気付いたなと思う。やはり男性と女性とではその辺の敏感さが違うのだろうか。

「それでも見てたことに変わりはないでしょ。」

優莉が食い下がってくる。声を張り上げてないということは本気で怒ってはいないようだが、どうすればいいのか分からない。ただ、こんなちょっとしたことでヤキモチを焼く彼女はかわいいと思う。

「そもそも僕は大きいとか小さいとかあんまり興味はないよ。もしそうだったら…。」

彼女を一瞥する。優莉の体はなんというか、身長こそ平均より少し高い程度だがその他の部分は全体的に慎ましやかだ。彼女の見た目だけに惹かれたわけではなかったが、もし一番好きなタイプは、と聞かれたら彼女のようなタイプと答えるだろう。

そこまで考えてハッとする。絶対に気付かれた、そう思った瞬間みぞおちに肘鉄が飛んできた。

「ぐっ…。」

冗談でなく一瞬息が止まった。痛い。

「どうせ私の体は平坦ですよー!」

若干声を荒らげて、しゃがみこんだ僕に優莉が言葉を放つ。

脇腹に残る鈍痛を我慢しながら何とか息を整えて立ち上がった。

「分かったよ、もう…僕が悪かった。でも本気で浮気しようとか考えてたとは思ってないだろ?」

それどころかその店員の顔も覚えていない。

「それはそうだけど…。」

少し申し訳なさそうな顔で彼女は続けて、

「充輝が他の女の人に興味持ってるみたいで嫌だったんだもん。」

顔を少し赤くして俯きがちになりながらぼそっと呟いた。

その仕草があんまりかわいくて、顔がにやけてしまうのを抑えつつ諭すようにユウに言葉を投げかける。

「でもさ。それは優莉だって同じじゃない?例えば、目の前をタレントみたいな顔した180㎝くらいのイケメンが歩いてたらそっち見ちゃうでしょ。」

僕はそんなに背が高い方じゃない。170㎝あるか無いかだ。肌は不健康に青白いし、顔だってこれといった特徴のない平凡な顔だと鏡を見るたびに思う。

「もうこればっかりは仕方ないんだよ。人間ってそういうもんなんじゃないかな。」

「見ないよ。」

彼女は僕の方をじっと見つめてそう呟く。

「え。だって180㎝のイケメンだよ…?」

「見ない。見てるの見たことないでしょ?」

確かに、僕の記憶に残る限り優莉がそういった男性に気を取られるどころか目に留めていることすら見たことがなかった。

「なんでだと思う?」

疑問に思ったことを表情から察したのか僕に問いかけてくる。

確かに不思議だ。そういった男性は傍から見てても女性の注目を集めているのになぜ優莉はそうじゃないのか。

「それはね…。」

急に彼女の顔が近づいてくる。反応できずに唇を奪われた。彼女の体温が触れた唇を通して伝わってくる。

「なっ…!」

驚いてて思わず身を引いた。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。いきなりの事だったので、まるでファーストキスのような反応をしてしまい若干恥ずかしい。

「あんまり背が高いと、私からこういうことができないでしょ?」

いたずらっぽく優莉が笑う。もうさっきの店員のことはどうでもよくなったのか、固まっている僕の手を引いて上機嫌な様子で歩き出す。

「ほら早く!まだ回りたいお店いっぱいあるんだから。売り切れちゃうよ!」

僕らのキスシーンを見ていた人々の好奇の視線に若干の気まずさを感じながら僕は思った。

次の店の店員は巨乳ではありませんように。

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