私と彼と映画と休日

駅を出て上を見上げると、まばらに光る星々の中に月が浮かんでいる。

雲一つない空に灯る輝きはまるでライトアップされたオーナメントのように見えた。


足取りも軽く家路を急ぐ。今日は金曜日だ。

仕事が楽しくないわけじゃない。行きと帰りの通勤ラッシュには辟易するけど、とてもやりがいがあって充実している。

でも、土日は一日中恋人と一緒にいられる。平日でも朝起きれば隣に彼がいるし、帰れば料理を作って出迎えてくれる。それでも十分幸せではあるのだけれど、朝起きてから夜眠るまでずっと彼の顔を見て過ごせるのはとても嬉しかった。もう付き合い始めてから何年も経つのに、こういう気持ちが薄れないことに安心感を覚える。


この2日間であれをしようこれをしようと考えているうちにマンションの入り口についた。ハンドバッグの中から鍵を探してドアを開けるととてもいい香りがする。

「お帰り、優莉ゆうり

彼―充輝みつきが笑顔で出迎えてくれた。それだけで今日一日の疲れがどこかに行ってしまう。

「ただいま。すごくいい匂いがするね。」

「今日はビーフシチューを作ってるんだ。バケットも買ってあるよ。」

彼は笑顔のまま答える。その笑顔はどこか誇らしげだ。

実際充輝の料理はお店で食べるのと遜色ないほどおいしい。長年作り慣れているのもあるだろう。

彼は専門学校を出てからずっと在宅仕事をしている。同棲生活を始めたのもそのころだったから、この生活がお互いすっかり板についていた。

湯気の立っている鍋を覗くと、コトコトと音をたてながら具材がシチューの中で踊っている。

「わあ、すごくおいしそう。」

「そうだろ?少し味見してみる?」

「うん!」

充輝が小さい取り皿に鍋の中身をすくってこちらに渡す。

それを口に入れると、芳香が口の中いっぱいに広がった。

「うん、おいしいよ!」

「よかった。初めて作るから優莉の口に合うかちょっと不安だったんだ。」

彼はほっと胸を撫で下ろす。充輝の作るものなら何でもおいしいよ、と思ったけどそれは彼の頑張りを否定する気がして口に出さなかった。


「ごちそうさまでした。」

空になったお皿にスプーンを置いて充輝に感謝を述べる。

そうすると彼は少し笑って

「いえいえ。おそまつさまでした。」

と答えた。

シチューは味見した時感じた通り、具材の味がしっかりシチューに溶け込んでいてとても初めて作ったとは思えない出来栄えだった。バケットもすごくおいしかった。きっと数種類買ってきて、味の合うものをテーブルに出したのだろう。

食べ終わった後の食器をシンクで洗っていると、彼が後ろから訊ねてきた。

「それでさ、明日だけどどうしようか。」

「うーん…。」

帰り道でずっと考えていたことを思い出してみる。一緒にいられるなら家でのんびり過ごすのも悪くない、とも考えたけど普段充輝はずっと家にいる。私が一緒にいる時くらい外に連れ出したかった。

「じゃあ映画とかどうかな。」

「見たい映画があるの?」

訊ねられて答える。そもそも今上映している映画をちゃんと把握してなかった。

「ううん、そうじゃないけど。」

「じゃあ、あとで調べてみて決めようか。」

彼と私の好みは似ている…というより、長年の同棲生活の中でお互いの好みが近づいていったというべきか。

案の定探し始めてすぐに見る映画が決まった。


お風呂から上がると、充輝はパソコンの前で仕事をしていた。

「お次どうぞ。」

「うん…もう少ししたら入るよ。」

作業に集中しているようだったので髪を乾かし歯磨きをして、先に布団に入ることにする。布団からはおひさまのとてもいい匂いがした。充輝は毎日布団を干してくれる。彼の優しさに包まれて、私は眠りについた。


目を覚ますと、横に充輝が居なかった。いつも彼は私より先に起きて朝食を作ってくれる。

少し寂しさを覚えつつもキッチンへ行くと、朝食がテーブルの上に並んでいた。今日の朝御飯はクロワッサンとスクランブルエッグとサラダ。スクランブルエッグにはウィンナーが添えてある。二人とも洋食派なのでいつもそれに合わせた食事を作ってくれていた。

「休みの日くらい私が作るのに…。」

そういうと彼はにこやかに

「僕の仕事を取らないでくれよ。」

と冗談を言った。

充輝は毎日料理を作ってくれているおかげか料理の腕がどんどん上がっている。一方で私は長いこと一人では料理らしい料理を作っていなかった。一応一人暮らしの経験もあるから全く料理ができないわけではない…はずなんだけど、大分腕がなまってそうで不安だ。


朝食を済ませた後で、出かける準備をして部屋を出る。

今日二人で見る映画は巷で話題のアクション映画だった。職場の会話でも話が出たし、とても面白かったとのことなので期待できるだろう。

「映画、楽しみだね。」

私は充輝に訊ねる。実のところ、彼と一日中一緒にいられることが何よりも楽しみだった。

「そうだねえ。きっと退屈しないと思うよ。」

優莉と一緒だし、と彼が付け加えると私は恥ずかしくなって彼を小突いた。充輝はこういうことを平然と言う。私は普段あまり口に出さないからその点彼が羨ましい。


映画は実際面白かった。話に聞いていた通り演出がすごく凝っていたし、ストーリーも二転三転してすごくハラハラさせられた。パンフレットを見るとどうやら同じ世界観をモチーフにした映画があるらしい。興味をそそられた私たちはビデオショップでその映画を借りる。せっかく外に出たんだし、ということで他愛もない話をしながら軽い食事を済ませると外が薄暗くなっていた。

「帰ろうか。」

充輝が訊ねてくる。私も異論はなかったので

「そうだね。帰って映画観よ?」

と返した。


家に着くころにはすっかり日も落ちていた。休日はいつも二人で料理を作るんだけど、二人とも出かけて少し疲れていたのでファミレスのデリバリーを頼む。

「最近はファミレスの料理もおいしいね」

そう私がつぶやくと、充輝は

「そうだね…僕も結構頑張ってるんだけどやっぱりプロには敵わないや」

としょげた顔で言う。その姿がかわいかったので

「そんなことないよ。充輝の料理の方がずっとおいしい。」

と頭をなでてあげた。


料理を食べて後片付けをした後、少し休んでから借りてきた映画を観ることにした。DVDを取り出しプレイヤーにセットする。プレイヤーに繋いでいるのは二人でお金を出して奮発した大型サイズのパソコンモニターだ。テレビを買ってもよかったが、二人の時間を邪魔されるような気がしてこちらを選んだ。

借りてきた映画も映画館で観た映画と同じくらい面白かった。エンドロールを観終わった後で感想を話そうと思って隣に座る充輝を見ると、ソファーに肘ををついて眠っている。いつ頃眠ってしまったんだろう。映画に集中していて気が付かなかった。

(昨日も遅くまで仕事してたみたいだし、きっと疲れてたんだろうな)

そんな中でも自分に付き合ってくれた彼の気持ちに申し訳なさ嬉しさを感じた。

眠る充輝の横顔をじっと見つめる。そういえばこんなにじっくり眠っている彼の顔を見るのは久しぶりだ。

充輝は綺麗な顔をしている。女性的という意味じゃない。あくまでその顔は男性的だ。でもそのほっそりとした顎とすっと通った鼻梁からは繊細さを感じるし、日に当たってないせいか真っ白な肌は大理石の彫刻を思わせた。その白い肌の中で際立つ赤い唇はまるで薔薇の花弁のようだ。彼の顔に惹かれたわけではないけれど、こうして眠る彼の顔を見ると普段の朗らかな笑顔にはない色気を感じた。

なんだか彼に知られずじっと顔を見つめているのが気まずくなって、彼の顔から目を逸らす。少し冷静になってどうしようか考えた。せっかく気持ちよさそうに眠っているのに起こすのは気が引ける。

そこで掛け毛布を持ってきて充輝の上に掛けた。私だけベッドで眠るのも嫌だったから彼の隣に腰かけて自分の上にも掛け毛布を掛け目を閉じる。

「今日は楽しかったなあ…」

彼の肩に頭を預けて誰に言うともなく呟く。

明日は日曜日だ。また一日中彼と一緒にいられる。そう考えるだけでワクワクした。


明日はどんな日になるのかな。

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