第136話 夜空
――お兄ちゃん、あれは?
――射的。欲しい物をあの銃で撃つんだ
――へー
――どれか欲しいのあるか?
――……ない
――ん、あれな
――ないってば
――黙ってろ、馬鹿
薄暗くなる日の中で、
人混みの中で迷子にならないように。家を出てから帰るまで、彼は手を握ってくれていた。
射的で取って貰ったのはオレンジ色の花が描かれた栞。端っこに置かれており、台を埋める為に誰かが手作りしたことが子どもながらに感じられた物。
ただ上手に描かれた花の絵に惹き付けられた。お祭りの中で埋もれてしまいそうだった栞は今でも使っている思い出だ。
屋台の叔父さんにも「これでいいのか?」って確認された。頷いて私に栞を渡してくれた兄さんは、花の名前を教えてくれたんだっけ。
小学生でも兄さんは変わらずなんでも知ってる凄い人。私は柄にもなく跳ねて栞を喜んだのだ。
「……忘れてたなぁ」
呟いて、次の登校日に返す本に挟んだ栞を見る。
この花の名前はなんだっけ。オレンジ色の四つの花弁。花自体は小さくて、沢山花が集まっている絵。
私は栞を撫でて目を伏せた。
「ごめん兄さん、バラした」
届かない相手に謝罪する。
大粒の涙を零していた母は、昼に差しかかる頃には落ち着いていた。動きがぎこちなくてお皿を五枚ほど割っていたが、怪我が無さそうで何より。事ある毎に抱き締めてくれるようになったことに素直に喜べないのが悲しいところだ。
お父さんはお祭りに私を送り迎えしてくれるとも言って、居ることを確かめるように頭を沢山撫でてくれた。いつも穏やかに笑っているあの人がお母さん大好きなのは雰囲気で知っていたが、泣く母にキスしたのはちょっと驚いたっけ。情緒不安定には安定剤。だから見なかったことにした。親が仲良いのは素敵なことだからな。
二人とも昼を過ぎれば笑ってくれた。温かく和やかに、目の縁を赤くして。その目が呪っているのは違う世界の神様なのだろう。
あぁ、早く決着をつけよう。決着をつけて、不安を払拭してあげよう。
話したのは私だ。二人の傷は私のせいだ。
「話してくれてありがとう、氷雨」
夕方、家を出る時お母さんに言われた。お下がりの青地の着物の襟を優しく正されながら。裾に大輪の牡丹と芍薬がある柄はとても好き。派手さはなくて落ち着きがあり、白い帯がまた可愛い。
お母さんには裾上げで凄く疲れさせてしまったと思う。その後のお母さんとお父さんによる撮影会は優に三十分は超えた。なんで。
恐らく二人のテンションがおかしいのも私のせい。私が言わなくていいことを言った。殺すと決めた兄にも二人からの応援を与えて欲しいと願った、傲慢の結果だ。
「話してくれてありがとう、氷雨」
それでもお母さんはお礼を口にするから。
巾着の紐を握り締めた私は唇を結んだのだ。
「……不安にさせたのに?」
「うん」
手袋をつけたお母さんの手が私の両頬を挟んでくれる。
右の頬に走った痺れるような痛み。それは無視した。
今日を通して二人に痣が見えていないと理解したから。あれだけ混乱したのに、この痣を指摘しないのはおかしい。
だから何も施すことなくお祭りに行く。
お母さんは私の顔から手を離して、優しく頭を撫でてくれた。
「知らないまま進んで後悔するなんて、もう嫌なの……待つしか出来ないけど、それでも知れて、良かった」
それは、強く後悔したことがあると言う表現。
きっとお母さんも競争を通して、何かを後悔しているんだ。
分かるから、伝わるから。私はお母さんの懐に入って腕を回し、抱き締めてもらうんだ。
「……ごめんなさい」
「謝らないで。こっちこそごめんね、今日は一日心配させちゃったね」
お母さんが結ってくれた髪を撫でてもらえる。それが無性に嬉しくて、私は顔を上げた。
お母さんは私の前髪を指先で直してくれて、その手が引かれることはもうなかった。
「いってらっしゃい。どうかタガトフルムでは競争のことを忘れて、お祭り楽しんできてね」
「うん、いってきます」
下駄を履いて、頭の後ろで簪が鳴る。ハーフアップにした髪に刺してもらったそれは浴衣と同じ青い装飾。
玄関を開ければ対照的な暖色が世界を染めて、エンジンがかかっている車に近づいた。
携帯にメッセージが届く音がする。小野宮さん、湯水さん、翠ちゃんとのグループへの通知だ。
玄関先に出てくれたお母さんに手を振り、助手席に乗ってからメッセージを確認した。車は緩やかに発進してくれる。
今日のお祭り楽しみだ。まずは絶対写真撮影。浴衣に手間取ってるから遅れるかも。集合場所は河川敷に降りる階段付近。
小野宮さんと湯水さんの文字を見て笑ってしまう。お父さんは赤信号で停止して、柔らかい声で聞いてくれた。
「今日は誰と、一緒に回るんだ?」
「同じクラスの子だよ。小野宮さんって子と湯水さんって子と、翠ちゃん」
「そっか、楽しんでな」
「うん」
お父さんと喋るのにはまだ少し言葉を考える。それでもやっぱり望んでいたことだから、当たり前になればいいと願うのだ。
お母さんに手を握ってもらえるのも、お父さんと喋るのも。
全部、二人がアルフヘイムの戦士にさえ選ばれなければ、普通であったかもしれないこと。
「……時雨に電話したけど、出てもらえなかったよ」
お父さんの横顔は苦く笑い、私は「そっか」としか返せなかった。
信号が青になる。それから河川敷まで車内は無言で、私は外の景色を眺めていた。人通りが多くなる。多分近くまで行けばお父さんが渋滞に捕まって帰れなくなりそうなので、少し離れたコンビニで降ろしてもらった。
「氷雨」
「うん?」
ドアを開けて降りようとした時、お父さんが名前を呼んでくれる。
振り返れば眉を下げて笑っている父がいて、私は首を傾けるのだ。
「……お母さんに、よく似てる。変な人には気をつけてな」
「おぉ、うん、気をつける」
意外と親馬鹿。
いや、黙ろう。
お父さんとお母さんの今まで見えなかった面を今日は山ほど見て、自然と笑う。
お父さんよ、お母さん大好き過ぎやしませんか。
「ありがとう、いってきます」
「いってらっしゃい」
帰りはまた連絡すると約束して、Uターンしたお父さんの車を見送る。
良かった、まだ道は渋滞してなさそう。
安堵してコンビニに入る。小銭を作る為に一番安いウェットティッシュをお札で買い、巾着に入れていざ河川敷へ。
下駄と浴衣でそう早くは歩けないが、集合時間まではとても余裕がある。立ち止まって携帯を見れば、翠ちゃんの〈もうすぐ着く〉という文字が見えた。
私ももうすぐだと送れば、湯水さんと小野宮さんから同時に〈早い!〉と言う文字が送られた。
笑って携帯を仕舞ってまた歩く。道行く人は着物や甚平、私服と様々な格好で、空は晴れていた。今日は天の川を見られるかな。
思いながら歩き、ふと「凩さん」と呼ばれる。
振り返ると、甚平を着ている雲居君がいたから驚くのだ。
「雲居君、こんにちは……こんばんは?」
「微妙な時間だよね。こんにちは、こんばんは」
笑いながら答えてくれた雲居君に頷き、アルフヘイムでもこんな挨拶を毎日していると振り返る。
駄目だ、思い出すのは無しだな。お母さんもそう言ってた。
聞けば雲居君も七夕祭りに行くようで、流れで一緒に向かうことになった。そう言えば昨日それっぽいこと言ってたな。忘れてた。
「凩さん、浴衣似合うね」
「おぉ……ありがとうございます。雲居君も甚平、似合ってます」
こう言うのは苦手だ。着ているものを褒められると言うことには不慣れだし、返事の仕方も分からない。
雲居君の甚平が似合っているというのは本当。きっと浴衣も似合うだろうな。
落ち着かない手を少し上げて浴衣の柄が見えるようにしてみる。雲居君は笑顔で「可愛い」とまで言ってくれた。
うーん……照れる。
アルフヘイムでは最近よく可愛いだのなんだの言われているし、帳君との距離感は麻痺してるのだが、やっぱり恥ずかしい。お世辞であっても恥ずかしい。
「照れますね……」
「あれ、言われ慣れてない?」
「全然、全く、これっぽっちも」
首を傾けながら伝えておく。雲居君との距離感も未だ掴めないんだよな。
私と二人で歩いてるなんて、今日一緒に回るらしい蔦岡君と舟見君に茶化されませんか。嫌な思いしませんか。
でも歩き出したからには目的地に着くまでは離れられないし、別ルートで行くこじつけも思いつかないし、駄目だな。
考えながら歩いていれば、もうすぐ集合場所だという距離まで来た。空は橙色を消して紫が濃くなり、青も浮かび、黒に染まっていく。
星の光りはまだ弱く、世界が明るいことを示していた。
「あー、凩さんさ、彼氏とかいなかった?」
「ぇ、はい、いません」
急に話題を振られ、ほぼ反射で答えておく。
「そっか」
笑った雲居君は仕切りに髪や
「いや、いたらこう、一緒に歩いてるの申し訳なかったよなーって思ってさ」
「あ、成程、大丈夫ですよ。雲居君こそ大丈夫でしたか? 彼女さんは」
「大丈夫大丈夫。俺もいないから」
……なんでこんな会話してんだろ。経験してこなかった事柄のせいで背中に寒気のようなものが走る。こう、鳥肌が立つというか、なんと言うか、居心地が悪いと言うか。
笑みを保ったまま「そうなんですね」と当たり障りないように答えておく。
雲居君は項を撫でながら「あ、そう言えばこの前さ」と話題を変えてくれた。
それから、新しく公開された映画とかテストのことなどを話し、私は集合場所に辿り着いた。
そこにはいつも以上に美しい、麗しい、美目秀麗な、前世天使と言われても頷くレベルの美少女、楠紫翠ちゃんが待っていた。
ぐぁ、目が……。
「うわ、楠さん、一人オーラが違うなぁ……」
「美しい……素敵……」
感心している雲居君の横で顔を覆って悶えてしまう。気づいてくれたらしい翠ちゃんは近づいて来て、開口一番に言われたのだ。
「氷雨、可愛いわね……どうしたのよその顔」
「翠ちゃん可愛い……天使か……」
「は?」
雲居君はその後、蔦岡君と舟見君と無事合流していました。
* * *
翠ちゃんの浴衣は白地に桜色の七宝柄が入ったもので、赤い帯が淡い雰囲気をしっかり引き締めてくれている。取り敢えず美女。
緩いお団子に結った髪を纏めてる蝶の髪飾りとか、浴衣自分で着付けたとか。あぁ無理溶ける。
「わぁぁぁ美人!!」
「え、ちょ、まじ、写真撮っていい?」
「氷雨も一緒ならね」
「なぁぁぁんでぇぇぇ……」
「ひゃぁぁぁ美女二人がぁぁぁ! 私の携帯のカメラ耐える!? 耐えられる!?」
黒地に白と赤の椿が描かれた浴衣を着て来られた小野宮さんがカメラを構えて悶絶している。
白地に青の朝顔柄が入った浴衣を着た湯水さんは、真顔で連写を繰り返していた。
翠ちゃん駄目です。私が横に並べば貴方の美を邪魔してしまう。いや、私なんかでは邪魔出来ないな。私はいないも同然。あ、小野宮さん、湯水さん、後で写真下さい、翠ちゃんの所だけ切り取って保存しますって言うか二人も可愛らしぃぃ。
と、時間通りに集合した瞬間から疲れるという惨事。
私達は写真撮影会を邪魔にならないであろう端の方で行い、そのあとは小野宮さん先頭で屋台を巡ることにした。
「良かった! カメラのレンズ割れてない!!」
「人を撮って割れるレンズなんて不良品よ」
「あぁぁ駄目だ紫翠ちゃん! 私は貴方を正面から見られないの!!」
「なずな、紫翠ちゃん困ってる、困ってるから。あ、氷雨ちゃん綿飴一緒に食べない?」
「是非!」
この四人でお祭りに来るだなんて、四月の私は考えてもみなかったんだろうな。
屋台独特の賑わいに浸かり、人波を進んでいく。
湯水さんと一緒に大きな綿飴に齧り付いたり、輪投げに挑戦する小野宮さんの写真を取ったり、四人分のヨーヨーを掬ってくれた翠ちゃんから黒に赤い柄のを貰い受けたりしながら。
輪ゴムに指を通して意味もなくヨーヨーをついてしまう。楽しい。お祭り楽しい。
前を歩く湯水さんと小野宮さんは「焼き鳥食べたい!」と屋台を探して、私は言いしれない心地に息を吐くのだ。
ヨーヨーを掴んで止める。隣でヨーヨーをついていた翠ちゃんも同じように止まると声をかけてくれた。
「良かったわね。その痣、あの子達には見えないみたいで」
「……うん」
私は自分の右頬を触る。
不気味な鴉のよう痣。これがもし誰にでも見えてどうしたのかと聞かれれば、私は途方に暮れていただろう。
考えれば周りの音が遠くなった気がして足が止まる。
翠ちゃんも数歩先で止まって、私の視界には射的の屋台が入ってきた。
「ちょっと射的してくる」
「そう、荷物持っとくわよ」
「ありがとう」
小銭を持ち、お言葉に甘えて荷物を翠ちゃんに託しておく。
「お、射的?」
「いいね、氷雨ちゃん」
小野宮さんと湯水さんも戻ってきてくれて、私は笑顔で頷いた。してもいいか確認をとれば、勿論だという返事を貰えて嬉しかったです。
頭を下げながらコルク弾を三発と、射的用のピストルを貰う。
狙うのは、そうだな。
あぁ、あの、端にある物がいい。
「頑張れー、氷雨ちゃん!」
「ファイトー!」
「うん」
小野宮さんと湯水さんの応援に頷きながら照準を合わせる。
狙うのは、一番端の兎のぬいぐるみ。白い毛に青いリボンをつけたそれ。
私は指を止めて息を吐き、引き金を引いた。
それは軽い衝撃で弾を発射し、兎の額に当たる。
軽く後ろに兎が傾いたのを確認して直ぐに次の弾を詰めて発射すれば、どれだけ倒れにくいぬいぐるみでも倒れてくれた。
「おぉぉ!! すっごい氷雨ちゃん!!」
「早業すぎじゃない!?」
「へへ……」
「いやぁびっくりしたぁ、お嬢ちゃん上手いね!」
小野宮さんと湯水さんに褒め称えられ、若く見える店主さんがぬいぐるみをくれる。
あ、小さめでも荷物は荷物だな。後先考えてなかった。
流れと言うか、ノリで実践した数分前の自分に内心で呆れ、残った一発でお菓子の箱を撃ち落としておく。
荷物を持ってくれた翠ちゃんへのお礼のつもりだったが、彼女がスナック菓子を好まなかったと思い出したのは荷物と入れ替えにお菓子を渡そうとした時だった。
「あ……」
「大丈夫よ、このチョコは好き。テスト勉強する時とかよく食べてたわ」
受け取ってくれた翠ちゃん。妖艶に笑った彼女が大人びて見えたのは、きっとこのお祭りの空気のせいでもあるんだろうな。
フォローを貰いながら兎を抱え、また屋台を巡る。
屋台が終わった端には何本もの笹竹と短冊が準備されていて、通りとは打って変わった落ち着きが満ちていた。
私達はそれぞれ短冊とペンを持って願いごとを考える。見せ合いはしない。ただ叶えたい願いをそれぞれ大事に結ぶこと。
決め合って、少し離れた場所に腰かけた私は貰ったバインダーに短冊を挟む。それから数分紙と睨めっこしたが、願いというのは難しかった。
何かを成すのは、自分で成さねば意味が無い。
そう言う考えを持っている時点で、こういう神頼み的なのは性に合わないんだろうな。
考えて笑ってしまう。夜空には星がいくつも瞬いて幻想的だ。
向こうに見えるの、もしかして天の川だったりするのかな。
不意に巾着の中の携帯が振動するのが分かり、急いで取り出す。
そこに帳君の名前があるとは思いもせずに。電話だ。
何も考えずに通話ボタンを押して耳に当てる。
彼の「こんばんは」の声はアルフヘイムで話すよりも低く、落ち着いて聞こえた。
「こんばんは、帳君」
「ん、今大丈夫?」
「大丈夫です。どうかされましたか?」
意外。電話でもちゃんと話が出来る。
「……ちょっと心配だったからってことで」
「心配」
「そ、アルフヘイムで倒れてから変化ない?」
「はい、元気です。ありがとうございます」
「なら良かった」
心配させてしまっていたとは思わなかった。帳君が心配してくれると言うのが未だ馴染んでいないからだろう。
私は笑ってしまい、帳君の声からは力が抜けたように感じた。
「帳君は大丈夫ですか? 確か、イーグさんと……」
「大丈夫だよ、問題ない。怪我とか特にないし」
「それは良かったです」
「うん、ありがと。敬語でなければ尚嬉しい」
「あ、はい、うん、了解、善処、する」
「片言かよ」
電話越しに笑われるのは、顔を合わせている時以上に恥ずかしいものがあるな。
実感しながら一呼吸置く。それから七夕祭りに来ていることや、両親が前回の戦士だったことをぎこちなく伝えておいた。
帳君は始終ゆっくりと相槌を打ってくれて、私の視界は滲んでしまう。
あぁ、泣くな氷雨。お前は散々泣いてきた。
空を見上げて雫が零れないように努力する。
全く上手く喋れない報告に付き合ってくれた帳君は、全部話し終えた時、少し間を置いて言葉をくれた。
「頑張ったね、偉い」
あ、
肩から力が抜ける。
自然と、楽に。
私の目からは涙が一粒だけ零れ、それを指先で拭いておく。
鼻はすするな。バレるから。
声が震えないよう意識を配れ。
貴方の言葉で私はいつも救われると、伝えていよう。
「ありがとう帳君。貴方はいつも、私が欲しい言葉をくれる」
短冊に涙は落ちていない。それを確認して安心し、向こうで帳君が笑ったのを聞いた。
「大袈裟」
「本当のことだよ」
どうか貴方に、この感謝が伝わればいいのに。
いいや、でもそれは押し付けにもなりかねないから、これ以上はやめておこう。
「氷雨ちゃん、よかったね、お祭り晴れて」
「うん」
「楽しんで」
「楽しむ」
「うん、それじゃ、急にごめんね」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう」
「別に。また後で、アルフヘイムで」
「アルフヘイムで」
挨拶し合って電話を切る。
それから暫く動きを止めて、私はペンの蓋を外した。
その後、自分が出来る精一杯の背伸びで高めの場所に短冊を括り付け、翠ちゃん達と合流する。
もう一周屋台を回って、混んでいて買えなかったかき氷を購入して分け合ったり、型抜きをしたりとお祭りを満喫した。
「それじゃ、また学校でねー!」
「またねー」
「気をつけて」
「また、学校で」
集合した場所に戻って、小野宮さんと湯水さんと別れて帰路につく。
お父さんにメッセージを送れば直ぐに返事をくれて、翠ちゃんも同じようにお父さんが迎えに来てくれるのだとか。
だから一緒にコンビニまで歩く。無言の道は意外と苦ではないんだな、これが。
「氷雨、私ね、夜が来るのが憎らしいの」
翠ちゃんが不意に呟いている。
私は顔を隣に向けて、翠ちゃんの横顔で視線を止めた。
「憎いし、怖いわ」
「……うん」
「今日行けば、きっと貴方はお兄さんと戦うでしょう?」
「……きっと」
「私は貴方の背中を見るしか出来ない。貴方とお兄さんの戦いを邪魔させないようにするしか、出来ないわ」
「十分だよ」
笑ってしまう。
大丈夫、大丈夫だよ、翠ちゃん。
彼女の裾を引けば、翠ちゃんの方から手を握ってくれる。私は繋いだ手を揺らして、涙の膜を張っている友達の目から視線を外した。
「死なないで」
「死なないよ」
「無理しないで」
「無理は、ごめん、多分する」
「もう、壊れないで」
「……善処する」
「一人で抱えちゃ嫌よ」
「……分かった」
頷いて、答えて、翠ちゃんと手を離す。
そこにはいつもの凛とした彼女がいて、お互い両親の車を見つけて離れあった。
家につけばお母さんに抱き締められる。心配させてた。目の届かないところに行ってしまうことが、きっと、お母さんを。
思いながら抱き締め返して、零時を待つ。
シャワーを浴びて黒に着替え、りず君とらず君を肩へ。ひぃちゃんを背中へ。
チョーカーとピアスを身に着け、目薬をして鍵を首にかける。
今日で無くなる祭壇制作の能力は惜しんだって駄目だろう。
廊下に立ってこちらを見つめている両親に私は笑っていた。
零時が来る。
「いってきます」
そう言って。
返事を待たずに
「ディアス軍、凩氷雨、アルフヘイムへ」
黒い穴が足元に出来て沈み込む。
目を閉じた私は、後ろから聞こえたお母さんの声に口を結んだ。
「いってらっしゃい」
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