第111話 灼熱


 探求のシュス。


 それはアルフヘイムの知識と歴史を掻き集めているシュスであり、サラマンダーと呼ばれる住人さん達が住んでいる場所。


 サラマンダーさん達はアルフヘイムでも指折りの炎使いであり、にも関わらず紙媒体の「知識」を集めて回っているのだとか。


 宗派はディアス派。下半身が燃え盛る炎で出来た蛇のような姿で、上半身はタガトフルムの人間に似せて変化していることが多いのだとか。


 ――僕あのシュスは行って欲しくないんだよなぁ


 アミーさんが渋っていた場所でもあり、残念ながら今の目的地にしてしまった場所。


 シュスは三つあり、それぞれアルフヘイムの空について、大地について、歴史について探究しているのだとか。その中でも私達の目的地は、歴史についての資料を多く収集している「サラマンダー・シュス・ドライ」である。


 調べるのは――この競争について。


 四ヶ月目に何が起こっているのか。


 アミーさんに聞いたら「言えないなー」とはぐらかされた為、自力で探す他無いのである。他の兵士さんに聞いても教えて貰いないし、これは何かあると言う見解にみんなで至ったのだ。


 私達はスケルトンの林から飛び立ち、サラマンダーの砂漠へ向かっていた。


 私は翠ちゃんと手を繋ぎ、梵さんは同化した祈君の足首を掴んで、帳君は単独飛行。泣語さんは地上を葉に乗って移動して、何処どこまでも着いてきてくださるらしい。


 ――今までもずっとそうしてきたんです。あ、もちろん俺なんかが見えるとメシアの気が散ると思って隠れていたんですけど、貴方の命が危機に晒されてしまった以上、俺は直ぐにでも貴方に助力出来る範囲に居たいのです!


 泣語さんの言葉を思い出して息を吐いてしまう。彼の純粋すぎる目にやられたというか、どうにも言葉が喉に詰まって出てこなかったというか。今の状況は完全に私の敗北の結果である。


 手を繋いでる翠ちゃんは私の様子に気づいてしまったらしく、穏やかな声で「貴方が、」と言葉をくれようとしていた。


「モーラの孤島で鷹矢暁を助けるのに、条件をつけた理由が分かった気がしたわ」


「……そうですか?」


 翠ちゃんは私の手を握り直しながら、静かな声で言ってくれる。


「貴方はやっぱり、決められる人ね」


 いつか貰った私への賞賛。


 それに胸の内は温かくなって、私は笑ってしまうのだ。


 そのあと小一時間ほど飛び続けて、先に立ち寄ったのは壊されてしまった私達の祭壇がある場所。見たのは無残に壁が砕かれた祭壇の残骸。


 夜来さん達は十字架にはりつけにされたままではあるものの、アミーさんを再度呼べば両手でバツを作られてしまった。


「残念無念! これは祭壇と認定出来ませーん!」


「あぁ……はい、すみません」


 若干肩を落としてしまい、梵さんと帳君が生贄の方を運ぶ準備をしてくれる。それが整えば地上へと向かい、眩い陽光に一瞬目が眩んだのだ。


 やっぱり綺麗な湿原。綺麗な場所。アルフヘイムは、綺麗すぎる。


 アミーさんは私の頭を撫でる素振りをして、兎の頭を傾げさせていた。


「氷雨ちゃん、無理はしないで。君の心がまた壊れたら僕まで発狂しちゃうから」


「……はい、気をつけます」


 アミーさんは優しい。そう伝わる言葉を、声を、今までずっとくれてきた。彼は私を急かさず怒らず、「大丈夫」だといつも言ってくれる。


 シュリーカーさんを探した時はルール違反だと言われる千里眼を使ってくれて、それで結局捕まえなかったことをとがめもしない。


 貴方はきっと、大丈夫ではないのに。


 大丈夫だと見せない口でうそぶいている。


 自分の無力に嫌気がさしていれば、アミーさんは明るい声で言ってくれた。


「駄目だよ氷雨ちゃん! 君は笑顔が最高に可愛いんだから! そんなに悲しそうな顔しなーいの!! 笑う門には福が来るってタガトフルムでは言うんでしょ? ほらほら笑いな愛しい子!」


「ぁ、ありがとうございます、アミーさん」


 飄々ひょうひょうとした雰囲気で笑うことを諭してくれるアミーさん。


 脳裏に浮かんだのは「笑うな」と私に言っている兄であり、今与えられた反対の意の言葉はどこまでも自然に私に入り込んだ。


「じゃあ新しい祭壇、どっか別の場所に建てようか」


 不意に言葉をくれた帳君。彼は風で夜来さんとオヴィンニクさんを持ち上げており、梵さんは両肩にウトゥックさんとドヴェルグさん背負って直ぐにでも走り出せそうだ。


 私は頷き、手を振ってくれたアミーさんとの会話を終わる。


 泣語さんは少し離れた所で私達を見ており、帳君は釘を刺していた。


「お前は来んなよ。もうルアス軍はりだから」


「別に君には着いていかないよ。俺はメシアに着いていく」


「それを止めろって言ってんの」


 帳君の風が私の髪を引き、泣語さんの足元で植物が揺れている。翠ちゃんがため息を吐く音が聞こえて、祈君は「ほんとに……」と呟いていた。


 すみません。私がこの二人の収集を上手く付けられないのが原因です。ごめんなさい頑張ります。


「帳君、すみません。ぁの、三度目の正直と言うやつで……進んでしまえばいいのでは、と……」


「残念氷雨ちゃん、俺は二度あることは三度あるの方を信じる質なんだよね」


「ひぇ……」


 そう言われてしまっては何も言い返せない。私は風に浮いた髪を引きながら半笑いになり、翠ちゃんが提案してくれた。


「なら祭壇作りは梵とエゴに任せるわ。私達は先にサラマンダーの砂漠に向かうから」


 凛と言い切ってくれた翠ちゃんは格好よくて、その提案に私は頷いてみせる。泣語さんは満足そうに笑って、チグハグに微笑むのは帳君だ。


「えー、じゃぁ氷雨ちゃんはこっちチームに頂戴よ」


「駄目よ。氷雨がそっちに行ったらこの崇拝者まで着いていくわよ」


「勿論」


「わぁ……」


 帳君の願望を一蹴する翠ちゃん。泣語さんは晴々とした顔で頷いており、私はどうやって口を挟むか考えてしまうのだ。帳君の機嫌が急速落下していくのが肌で感じられる。


 怖い、久しぶりに怖い。貴方の駒はきちんと帰ってきますから、どうかそんな顔で笑わないで。


 祈君はため息をつき、帳君を見ていた。


「諦めろよ、大人気ないな」


「俺はまだガキなんでね」


「氷雨さん、コイツほっといて行こうよ」


「……はぃ、ごめんなさい、ほんと、はい」


 祈君にまでフォローされる始末とは、何たることか。どっちが年上かも分からなくて面目なくなる。


 不機嫌ですと顔に書いてる帳君の腕を引いて、梵さんは歩き出そうとしている。彼はどこか不安気に言っていた。


「無理は、しない、で、くれ」


「えぇ、分かってるわ。祭壇は頼むわね」


「頼ま、れた」


 頷いた梵さんに頭を下げておく。


 顔を上げれば、不服そうに笑っている帳君がやっぱり目について、その足は動くことを拒否していた。引きずられるとはこのことか。


 別に私がいなくとも貴方は十分強いではないですか。


 機嫌が悪くなると空から落とされると言う経験が私に付き纏い、胃が痛くなる。だがそうは言っても、帳君も根が悪い人ではないのだろう。なんてことに気づいてしまった以上、拒む勇気も気力もない。


 そこで私達は二手に分かれ、別々の目的を持って移動を開始した。


 * * *


「あっつ……」


「灼熱じゃねぇか……」


「ほんと、舐めてたわ」


 頬からうだる汗を拭いながら祈君が呟き、りず君が私の肩で伸びている。翠ちゃんはシャツの襟で汗を拭いて息をついていた。


 辿り着いたサラマンダーの砂漠。


 そこは一面砂の世界で、太陽光が何の隔たりもなく降り注いできている。


 背中に張り付くタンクトップや止めどなく溢れる汗が暑さを象徴しており、その中にたたずむ三つのシュスは茶色い鉱石で出来ていた。


 余りの暑さに空を飛ぶのを断念したのは、つい数分前。あのまま飛んでいたら祈君とひぃちゃんの意識が飛ぶ。


 だからと言って地面を歩くのがマシかと言われればそんなことはない。どっちもどっち。本当に暑い。肌が焼ける。


 タガトフルムは梅雨で肌寒かったから長袖着てきたのがまだ救いだ。これ半袖だったら火傷する自信がある……って、梵さん半袖でなかったか?


 心配になりながらも連絡手段が無い。私に出来るのは、無理して来ないで欲しいと願うことだけだ。


 地面を形成している砂は靴を重くし、やっぱり汗は止まらなかった。見慣れてしまった宙に消える金の粒は、今では綺麗とかそんなこと思えず暑さを助長するだけに成り果てた。


「これ、ちょっと、先になんか水分が欲しい」


「ですね……祈君、顔真っ赤ですし」


「うぇ……」


 しんどそうに言葉を並べた祈君の顔は、その染められた毛先同様赤く色づいている。彼の頭上で翼を広げて日陰を作ろうとしているルタさんは、目がどこかに行っていた。


 これはいかん。取り敢えずシュスの中に入らねば二人が倒れる。


 祈君が同化する為にタンクトップ姿であったと今更気づき、火傷したように赤くなっている白い肌に不安が押し寄せてきた。


「中に入りましょうか。どこがドライかなんて後回しよ」


「うん」


 翠ちゃんの言葉に頷いて、ひぃちゃんの翼を使って祈君の日陰を増やそうと試みる。りず君は暑さでダウンしており、変身出来ないようだ。


 大丈夫だよ、無理しないで。無理はいけない。そう念じて、伝えておこう。


「祈君、肌が……ひ、冷やしましょうね」


「ぁりがとう、氷雨さん」


 苦笑してくれた祈君がやっぱり心配になる。


 熱中症は怖いし、肌が焼けるのは時間が経っても痛いし、無理し過ぎて学校生活とか勉強に支障が出るのも不安だし、嘔吐感だって出てくる可能性あるし。あぁ、考え出したら止まらない。


 不安になりながら歩いていると、ふと大きく確かな日陰が出来る。


 驚いて上を見ると、泣語さんの掌に乗っている種から大きな葉が傘替わりに現れてくれていた。


「日除けにどうぞ」


 泣語さんは汗を拭いながら微笑んでくれる。


 翠ちゃんに祈君、私が入れてもらっている葉は全くと言っていいほど日光を通さず、それだけでも暑さは違っていた。


「あ、ありがとうございます」


 祈君がぎこちなくお礼を言う。


 泣語さんは笑いながら手を振っていた。


「君の為じゃないからいいよ。俺は君を心配するメシアを見ていられなかっただけだから」


「揺るがねぇな本当、ちょっと感謝しちゃったじゃん」


 泣語さんの返答に驚き、一気に顔と言葉を険しくする祈君。


 翠ちゃんは「でしょうね」と肩を竦めており、私は言葉を探した。


 探したけれど答えは見つからない。今までこれほど執着と言うものを見せられたことが無い私は、対処の仕方を未取得だ。


 でもそれでは駄目だ。私が何とかしなくては。この状況での泣語さんの態度は私が根本的原因で――


「氷雨さんは気にしなくていいから、行きましょう」


 背中を押してくれた祈君。


 私は彼を少し見上げて、何とか笑ってみせるのだ。情けない。


 祈君はゆっくり笑い返してくれて、私は深呼吸を心掛ける。


 熱い空気が肺を満たせば息苦しく、吐けば喉が焼けるような鈍い感覚がやる気を削いでいった。


 泣語さんを見る。彼は幸せそうに笑いながら傘持ちのような体勢で、一人灼熱に焼かれていた。


 それはいけない。


 思うところが、きっと学習していないと言うことなんだろうか。


 そう気づいたのは、泣語さんの頭上で翼を広げるようひぃちゃんに頼んだ後だった。


 影が出来た泣語さんは目を丸くしている。


「……暑い、ですよね」


「微々たる力ですが日除けになりますよ」


 自信がなくて、また失敗したと自分の髪を引いてしまう。


 ひぃちゃんは伝えながら翼を広げてくれて、泣語さんの唇が震えていた。


「あぁ、あぁ……メシア」


 瞬間、頭の上に葉が降って――


 思った時にはもう、私達三人は大きな葉の下敷きにされていた。


「あっづ、あ、あぁ!?」


「ちょっと傘持ちしっかりしなさい」


「なが、泣語、泣語さん……?」


 膝を曲げて葉を両腕で受け止め、地面が近づくことによって感じる熱気が増してくる。


 それに叫ぶ祈君とうんざりした顔のルタさんは、大きな葉をやっぱり受け止めてくれていた。


 翠ちゃんと私も何とか葉を支え、地面に膝をついて顔を覆っている泣語さんを凝視してしまう。


「メシアが尊い……俺なんかを気遣ってくださるなんてぇ……」


 うわぁ……。


 声が出かけて、熱い空気を一緒に飲み込んでおく。


 泣語さんは延々と「メシアは本当に」と何やら呪文のように語りだしてしまい、翠ちゃんに言われてしまった。


「氷雨、覚えなさい。あれが変質者と言う奴よ」


「あ、あぁ……はぁ……はい」


 流石にもう泣語さんのフォローが出来ないと言うか、どうすれば彼が平常心でいてくれるのか皆目見当がつかないと言うか。取り敢えず心臓に悪い。


 泣語さんは泣き出しそうな顔で笑っていた。


 ――暫くして彼が立ち上がるのを確認した私達は、再び歩を進めようとした。


 もう気にしない方がいいかもしれない。そう学んだ。


 その時突然、重たく激しい水の塊が降ってくる。


 それは雨ではない。


 雨ならこんな一点集中するわけない。


 水は激しい音を立てて葉に当たり、その緑の表皮を破って私達に降り注いだ。


 全員唖然として、葉脈だけになった葉を泣語さんは下ろしてくれる。


 茹だる暑さの中で被った水の心地良さは一瞬で、直ぐに汗と共に蒸発する水分の気持ち悪さを感じていた。


「やぁやぁやぁやぁ!! いらっしゃいませ戦士の方々!!」


 空気をよく震わせる声が鼓膜に直撃する。


 見上げたのは一番近いシュスの塀の上。


 炎の如く揺れる蛇のような下半身と、纏われたのは朱色の衣。短髪も目もその布と同じ色をした住人さんは、やっぱり蛇のよう舌を一瞬覗かせて引っ込めていた。


 左目につけられた片眼鏡は日光を反射しており、住人さんの口角が上がっていると気づいたのは少ししてだ。


 容姿的に「彼女」だと住人さんを判断し、その小脇に抱えられた巨大水鉄砲のような物に視線を移す。


 そこから零れた透明な液体は、もしかしなくとも私達に先程かけられたものだろう。


 彼女は満面の笑顔で、その水鉄砲の先をこちらに向けていた。


「暑い中ようこそ!! 我らがシュス! サラマンダー・シュス・ドライへ!! サラマンダーなのに水を使うのかって? そりゃ勿論使うさあはは!! ディアス軍ってことは生贄探しに来たのかな!? あぁでもルアス軍も混ざってんねおっかしいのー!!」


 小さな子どものように無邪気に笑い、水鉄砲のような装置に付いているハンドルを握る住人さん。


 私達は「ぅあ……」と変な声を出してこの先の展開を予想し、避けるよりも早く装置の口から溢れた水の塊を見ていたのだ。


「どっちでもまぁいいや!! これはシュスに来てくれたお礼だと思って受け取って!! 暑い中、ご苦労様でーす!!」


 ハンドルが重たい音を立てて引かれ、発射された水の塊が降ってくる。


 それは何の問題もない軌道で私達の真上からやってきて、諦めた気持ちで全員その水の直撃を受けたのだった。


 砂漠に高笑いが響いている。


 この気持ち悪い服と蒸発する水気が私のやる気と言うのを、意図も容易くグズグズにしていった。

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