人工的自然淘汰

其日暮ノ与太郎

間引き

「へ?今なんて言いました?」

「あなたには亡くなっていただきます」

(このオッサンはいきなり現れて何をぬかしているんだろう)


 突然呼び止められて黒のレクサスの後部座席に押し込められた畑浩司は隣に座る男に疑問をぶつける。

「チョット待て。あんた誰?」

「申し遅れました。国民人口清算委員会の神谷紳悟と申します」

「そんで?」

「あなたには亡くなっていただきます」

「それ、さっきも聞いたけどどういう意味なの?」

「そのまんまです。近いうちにあなたは死にます」

受け止めるには突拍子もない神谷の説明を受けた畑は一刻黙り込んで頭の中で咀嚼してみたが、納得できる筈もなく更なる質問を浴びせる。

「え?なんで俺が死ぬの?」

「この国の人間の中であなたが平均値ピッタリの方だからです」

「その平均値ピッタリだと何故死ななきゃいけないの?」

「この世に何の影響を与えず、何の影響を及ぼさないからです」

「何にも影響しないと何でいけないの?」

「アベレージが平均な者の数が減らないからです」

「それのどこが悪いの?」

「平均な寿命を全うするからです」

「それの何が問題なの?」

「我が国の人口が減少しないからだけど」

「人口が減らないと何故いけないの?」

「国内の食料が不足する事態をいずれ招くし」

「そうなると如何してマズいの?」

「うちの国で力を持っている人の食い扶持が減っちゃうじゃん」

畑はこの国の今置かれている深刻な状況を聞かされが、自分の聞きたい趣旨に至らない神谷の即答に納得する訳はなかった。

そしてソレを上回る事が引っ掛かっていた。

「つぅか、タメ口じゃね?」

「え、だって敬語って面倒くせぇし」

神谷はフランクな口調を改めずサラッと言ってのける。

畑は話が進むにつれ違和感が出て来た神谷の上半身を指さした。

「それと、これって俺の生死にかかわる相当深刻な話だよね?なのにあんたの服装が俺と一緒のシュプリームのパーカーって」

「あ、これ?コレは服のローテーションが今日はこれだっただけ。被っちゃったね。色違いだけど」

神谷は悪びれる様子も無く胸元のロゴ辺りを軽く引っ張り畑に見せつけた。

畑は呆れて前のめりだった体をシートにもたれ掛け、左肩越しでスモークの貼られた窓から車外を眺めた。この間にもレクサスは走行を続けている。


「で、これ、どこいくの?」

首だけを隣に振った畑は車内の床を指で示す。

「ん?何処にも行かないよ。あ、心配しないで。あんまり話が長引いたら途中で食事挟むから。ほら、この頃"コンプライアンスぅぅ"つってうるさいっしょ」

「そりゃぁそうかもしれないけど、その部分は守るけど俺には死んでもらいますっておかしくね?」

「ま、確かに。」

その身なりのお陰で傍から見れば50を超えている様には思えない神谷は年相応の笑顔を返した。

今の会話で自分が何故此処に居るのかを思い出した畑が口を開く。

「で、俺、死ぬの?」

「えぇ、近いうち」

「それが近いうちなの?」

「そう」

「で、今気づいたんだけど、近いうちって何?」

「あ、やっぱりソコ気になっちゃう?だよねぇ~。簡単に言えば、まだ知らされてないんだよ、私には」

「は?なんで?」

神谷は足元にあったアイボリーホワイトのトートバッグからタブレット端末をまさぐり出して画面をいじくる。

「えぇ~とねぇ…決まってないんだよ。君を殺める人物が」

「え?何それ」

「あぁ、えっとね、なんつったらいいかな…予定が埋まってるんだよ。」

「予定?」

「うん、向こう何日かリムーバー全員ダメみたい」

「それって担当が決まっていないって事?」

「そう。あ、リムーバーの仕事が朝一とかでサッサと終わればその人物がやってくれたりする場合もあるんだけどね」

「その仕事は自己申告なの?」

「そうだよ。この日はいけますとか、その日は無理とか。あと頑なに一日一人しか殺らないスタイル貫いている奴もいるし」

畑は興味津々で検索に集中している隙をついてタブレットを覗いたが、神谷は即座に逆方向へ画面を隠す。

「何だよ、見んなよ。顔写真載ってんだから」

「あ、スイマセン」

この国に存在する平均値ジャストの人間だからこそ成しえられる間髪入れずの謝罪の言葉が畑の口を突く。

「で、人口を減らすことが目的で俺が死ぬんだよね」

「そう」

「少子化で人口減ってるじゃんか」

「この程度じゃダメ。減少速度が遅いんだよねぇ」

神谷は頭を少し傾げてうなじを擦りながらの緊張感の欠片もない返答をした後に畑を諭すような口調で語り出す。

「ここの平均寿命って80年超えなのよ。このままだと長生きする人間が増えていく一方。この島国の65歳以上の高齢化率は28%オーバーなの。そして更にその数字が高くなり続けてるの。一刻の猶予も無いの。だから先手を打つの。」

これを聞かされた畑が不服をあらわに声のトーンを上げ反論する。

「だったら年寄りを減らせばいいじゃないかっ」

「やってるよ」

「やってるって何を」

「振り込め詐欺」

いきなりの言葉に畑は頭の中に疑問符を浮かべて固まる。

「あ、ちがう違う。うちらがやってるって訳じゃなくて見逃してるの。」

言葉の意味を消化しきれていない畑に話を続ける。

「あの詐欺が後を絶たないってことは検挙率が低いって事じゃん。適度にしかパクらないようにってお達しが出てるんだわ、お上から警察に。」

神谷は隣の口が半開きで間の抜けた表情をする男に見つめられながら説明を足す。

「ほら、老人達って結構な金を貯め込んで持ったまんま死んでいくでしょ。それじゃ世の中の金が回らない状態のままでしょ。そこで詐欺集団の御出ましって訳だだ。ここまではいい?」

畑は一つ頷き再度耳を傾ける。

「こいつらの仕業で老人の抱え込んだ金を根こそぎ吐き出させる事によって詐欺にあった人間の残された隠居生活は不安定になるじゃんか。そうなれば経済的にも精神的にも健康に支障をきたす事になる。ってことは、あの世からのお迎えが早まるよね。そういう訳で奴らを一定数以上は捕まえないの」

もっともらしい話を聞き終えた畑は軽く仰け反りこの理論に対抗する。

「いやいや、犯罪者の詐欺集団を殺めるのが筋でしょ」

神谷はこれを簡単にあしらった。

「それは無い。奴等は奪った金を湯水の如くばら撒いて豪遊するじゃんか。それってこの国の経済を回す一端を担ってるでしょ。だからソレはない」


畑は到底理解出来ない神谷の繰り出す独自の振り分け方に戸惑いつつ、事の始まりに記憶を遡らせて質問をぶつける。

「まぁ年寄りの件はいいや。で、何でアベレージが平均な者の数が減らないといけなくて、その値がピッタリの俺が殺されるの?」

この問いに今度は鼻の頂点を人差し指の爪で掻きながら答える。

「あぁそれ。それは平均的な人生を送っている者は無難に生きるでしょ、思考も行動も。それだと世間に波風が立たない。波風が立たないとのらりくらりと生きて行けちゃうじゃん、ソレは良くない。だから平均人間には亡くなって貰おうって訳」

これを聞いた畑は、少々怒りを露わにして詰め寄る。

「その手の人って他にもたくさん居るじゃん、じゃあ何で俺が選ばれたんだよ」

神谷はおもむろに背筋を伸ばし、左手をピンと伸ばし上げてこれを軽くいなす。

「はぁ~い、それに関しては対象者をリストアップして選定する作業って時間使うので、単純にこの国の総人口ど真ん中の平均人間を否応なしに決定してまぁす」

この唐突で拍子抜けの態度に固まる畑。暫し走行音だけが車内を包む。


何とも言えない空気の中、神谷は先程と変わらぬテンションで喋り出した。

「付け加えるとね、平均だけじゃ激動が起こらないから。激動が巻き起これば自ずと万人がふるいにかけられ、そこから零れ落ちた者は命を落とさざるを得ない羽目になる。これ、カッコ天災を含む、ね」

こんな話を聞かされても一向に自分がこの世から抹消されるという神谷のセリフを受け止められない畑は、のどの渇きを覚える。自分が拉致られたのが飲み物を買いに自販機へ向かって部屋を出た矢先の出来事だった。

「あの…飲み物ありませんか?」

「あ、ごめんね。気付かなかった。何がいい?」

「じゃ、炭酸系を」

「了解。チョット待ってね」

そう言った神谷は助手席のシートの足元まで身を乗り出してプラスチック製の金具を開ける音を立て、そこから缶を二つ取り上げて元の位置に座り直した。

「はいどうぞ。クーラーボックスに氷タップリ入れといたからめちゃ冷えてるよ」

神谷はドヤ顔で赤い缶を手渡す。軽い会釈の流れで受け取った畑は、炭酸ジュースのプルトップを起こす動作の中、この男が所属する組織はどの様にして設立されたのかや、目の前の人物はどの程度の地位なのかなどを脳内で詮索していた。

ソレをよそ目に神谷は美味しそうに缶コーヒーを一口づつ味わっている。


 車外に目をやりソコソコの量を一気に流し込んだ畑は、ならば自分に向けられた矛先を変える術がないかと今にも出そうなゲップを抑えながら探る。

「人口を減らすって事なら生活保護受給を不正で貰ってるヤツを狙えば?」

「それも考えたんだけど、委員会宛てに地方自治体から待ったが掛ってさぁ」

神谷は何時の間にか飲み干して中身が残ってない空き缶の飲み口を恨めしそうに覗き込んだまま、この言葉と共に更に続ける。

「どんな形でも生活保護受けてる人間って派手に立ち回れないから生活圏が地元なのよ。ってことは、金を落とすのも地元。だから結果自分の町で金を使う人間の排除は辞めてくれってさ」

畑は心で(言ってることは分からなくないが…)と呟き天を仰ぐ。

その間隙を狙っていたかの様に神谷は助手席に身を乗り出した。

車の天井に顔を向ける男は、他に逃げる術がないかを模索する。

定位置に戻った男は、片手に握る新たな缶コーヒーにご満悦だ。

缶の蓋が開く音が響いたレクサスは目的地の無いドライブを続行中。

これを運転するドライバーは今の今まで一言も発していない。


 暫し思案したがこれといったモノが思いつかなかった畑が口を開いた。

「自分と同じ状況になった人間って……どうしました?」

これに神谷は両手の上で空き缶を転がしながらの一言。

「どうしたって何?」

畑は少々かしこまってから話を進める。

「いや、この車を降りた後です。えっと、行方をくらますとか……」

合点がいった神谷がフランクな態度で返す。

「それね。例えばある人物は繁華街を自動車で突っ込むって行動起こしたね」

「それで」と畑が問うと、

「それでとは?」と神谷が聞き直す。

「ですからその後です」と畑が聞くと、

「あとはノータッチ」との返答。

合点のいかない畑は思わずタメ口で、

「それって裁判で死刑を言い渡されなければソイツは生き延びられるじゃん」

とテンション高めな反応を示す。

隣にいる自らがどうすれば逃れられるかに必死な男を横目に捉えた若作りの中年が説明に入る。

「こちらにしてみれば人が死ねば思惑通りでしょ、その事件で。だからその人間は遠回しに私たちに加担したって事で免除されるんですよ。あ、正し、その騒動で死亡者が出なければ覆らないけどね」

更に付け加える。

「あと、この国の刑務所が他国に比べて自由が許されないのもうちらの仕業。その訳は塀の中で居心地が良ければ改心して再犯の恐れが無くなっちゃうでしょ。それだと出所後に重大な犯罪をする奴いなくなっちゃう。それと、前科持ちに風当たりが強いのもうちらのせい。シャバの居心地を悪くしてるのよ、意図的に」

畑は押し黙る。

そして脳内を整理する。

その姿勢は徐々に肩を落としていく。

それに気付いた神谷がその時間に付き合う。

が、スマホゲームをいじくりながらだ。


 相当な時を置いた頃合いに飽きたからなのかゲームオーバーしたからなのか、神谷がスマホを閉じて声を掛ける。

「どう。踏ん切りついた?ま、ついても付かなくても一緒だけど」

これにうなだれていた畑は反応を示さない。

隣の男を覗き込んだ神谷は運転手に向け、

「じゃ、戻って」と指示をした。


「着いたよ」

中年男が焦点の定まらない男の太腿を叩く。

ご丁寧に運転手が後部座席の扉を開けたが、畑は降りる素振りを見せない。

呆れた様なため息の後に神谷が語りかける。

「残りの時間、君の思う生き方で満喫して」

再度太ももを叩かれた畑は、その合図をやっと理解して開かれたドアから車外に踏み出した。

体が出きった車の扉は運転手によって閉められ、その人物が定位置に戻る間にスモークの貼られた窓ガラスが下りた。

そこから片腕を付き上半身を傾けた神谷が「じゃ」とだけ言い残して車が発進する

自宅付近で降ろされた男は只々茫然と過ぎ去るレクサスを見送った。


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あれから一年余り……私は生きてる。

世間に影響を及ぼす何かを起こした訳でもない。

あの日以来ただ一つした事といえば……

人の嫌がるコトを率先してやると心掛けた。









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