第2話:カクサレ
広報部の浜須矢恵は、「カクサレ」の定義について次のように語った。
「花ヶ岡賀留多技法網羅集――これに記載されておらず、けれども一部の生徒、コミュニティで打たれている技法の事です」
花ヶ岡高生の魂とも言える技法の教則本には、古今東西から収集された技法、花ヶ岡の敷地内で創作された技法(占術技法が多かった)が各ページ一杯に記載されている。
いわばこの一冊は「花ヶ岡語という標準語の教科書」であり、内容の学習が強く奨励されていた。
そして……標準語があれば、「方言」が発生するのも自然な流れだった。
「私は元々、八八花が大好きでしたからね。特に関連技法が載っている網羅集をすぐに買いました。半端ではない情報量です、これさえあれば――って感じがしまして! しかし……広報部に入って色んな生徒、部活を訪ね歩く内に、『網羅集に載っていない技法』が打たれる光景を見ました」
例えば、と浜須は回想した。
五月の下旬、彼女はある体育系の部活動を取材するよう指示を受けていた。約束していた時間に部室を訊ねると、部長の姿が見当たらない。対応してくれた同学年の友人によれば、「奥の方で《八八花》を打っている」との事。
折角取材が来たというのに困った先輩だ……浜須は仕方無しに壁面に飾られた賞状や、練習内容を記したノートを眺めていた。
ふと、奥から聞こえる部員達の声に耳を澄ませる。「そりゃあ《無鉄砲》だよ」「やった! 《メアガリ》だ!」などと、聞いた事も無い単語ばかりだった。生来が知りたがりの浜須は、友人を介して部長に頼み込み、現場に立ち会える事となった。
「見た事の無い技法ですよ。手順としては
一、手札は六枚。一月から六月までの札を一枚ずつ。
二、五枚まで自由に手札から出し、《石紙》という紙を一定枚数、手元から出す。
三、全員が出し終わった後、サイコロを一つ振る。
四、出た目と出した札の月数が一枚でも被れば、全てを手札に戻し、《石紙》を籠に入れる。一枚も被らなければ、出した札は捨て、《石紙》を手元に戻す。
五、手札を捨て切った者の勝利。籠に入っている《石紙》は部長へ渡され、勝者はサイコロを振り、出た目と籠の中の枚数を掛けた分を、参加者から貰う。
……というものです。部長曰く、この技法を《手の目》と呼んでいるそうで。『お遊びでメモ帳を賭けて遊んでいる』らしいのですが……まぁ、そういう事です」
ある部活動――部名をそのように濁している理由は、ズバリ《石紙》という道具の存在である。校内通貨として機能する花石を賭けて博技を行えるのは《金花会》のみだが、実際には《闇打ち》という違法博技が散見された。
但し、実際に花石を賭けて行えば……万が一の時、言い訳が効かなくなる。「この博技は唯の遊びなんですよ」、などと言い逃れする為に利用されたのが、購買部で安く購入出来る「校章が薄く印刷されたメモ帳」であった。
「その時に使われていたのが、縦に細長いタイプのやつです。何となく紙幣に見えますからね、雰囲気作りに一役買っている……という事でしょうか」
その後、部長は一年生の浜須にジュースと菓子を与え、本来予定されていた質疑応答を行った。「またおいで」などと微笑む部長に一礼し、部室から出て行くと……扉の向こうで、花石らしきものがぶつかり合う音が聞こえた。《石紙》の精算に違い無かった。
違法博技に関しては、取り締まる立場にある看葉奈から補足があった。
「正直に申しまして、我々にとっては非常に難しい問題です。当然、金花会以外で花石を賭けるのは禁止していますし、また啓蒙活動を行っていますが……。《石紙》を使用されると、簡単に取り締まれなくなるのです。『疑わしきは罰せず』、という事でして……」
もっと気軽に博技をやりたい!
この欲求に突き動かされて来た生徒達は、信頼し合える友人を誘い、人目に付きにくい部室の奥に籠もり、何よりも重要な花石の精算を簡単に、加えて鉄火場の空気を即製してくれる《石紙》を考案するといった、並々ならぬ脱法精神によって……「自分達だけが楽しむ技法」を生み出し、それを隠したのである。
加えて看葉奈は――少し声を潜め――《カクサレ》についての情報を語り始めた。
「以前より金花会では、浜須さんの言われるところの《カクサレ》について情報を掴んでおりました。『強権的になってでも取り締まるべきだ』という意見もありましたが……果たして、危険過ぎなければ静観すると結論したのです。賀留多の多様性を認める為、遊戯としてのマンネリ化を防ぐ為……色々と理由は出て来ましたが、結局のところ――《カクサレ》は掴み切れないものでした」
幾ら技法の細則に通じ、絶対公平や非公式博技厳禁を旨とする金花会――目付役達であっても、「一応は他人に迷惑を掛けないよう、ヒッソリと潜伏している」者達を徒に刺激しては、一層の潜伏、加えて危険度の加速が危ぶまれた。
「金花会としては幾ら小規模な博技であっても違法は違法、しかしながら『全て違法だ』と御旗を掲げて弾圧を開始すれば……強い反発を生むでしょう。いつの世も、弾圧には徹底的な隠匿が付きもの。そうなってしまえば、我々では手に負えなくなります――例えそれが……」
悲惨な結果を生むとしても。
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