第9話:ぺんぎんと鶉野
何でこの人、「ぺんぎん」がレアだって知っているんだろう――呆気に取られる京香に構わず、鶉野は別のビスケットを取り出し、口に運んだ。
「久しぶりね、自分で食べたのは」
強い好奇心が顔に滲み出ていたのか……鶉野は眼前の下級生に笑い掛けもせず、ジッと目を見据えて訳を答えた。
「弟達が好きなのよ、このビスケット。食べ過ぎたらいけないと注意しているのだけど、反抗ばかり」
「……弟さんは、何人いるんですか?」
「三人。全員男の子。両親が共働きだから、私が母親代わり……という訳」
弟達の事を語る鶉野の表情に変化は無かったが――京香は確かに、彼女から発される空気が軟化したのを認めた。同時に「鶉野摘祢」という人物像に、ハッキリとした温かな血が通い始めた事に、京香は若干の混乱に陥った。
当たり前。鶉野さんにだって家族はいる。なのに……強い違和感は一体? 感じた親近感の正体は何?
「羽関さんには、ご兄姉がいるの」
「ふ、双子の兄がいます……花ヶ岡なんです、兄も」
またしても、京香は首を傾げたくなった。何でも自分の事を知っているに違い無い鶉野が、自然な様子で兄姉の有無を訊いてくるなんて……鶉野に「何か意味があるのですか」と問いたくもあった。
それ以上に――自分の口がスラスラと、つい最近まで秘匿していた情報すら述べている事に、京香は驚きを隠せなかった。一方の鶉野は「本当に?」と、やや目を見開いた。
「珍しい。初めて聞いた状況ね。お兄さんも、賀留多は打たれるの」
「はい、あんまり強くは無いですけどね。でも、最近は賀留多に付き合ってくれるので、一緒の高校で良かったな、って……」
そう……鶉野はコーヒー牛乳を一口飲み、伏し目がちに言った。
「だったら、悩みとかがあっても相談しやすいわね」
京香はかぶりを振り、「らいおん」のビスケットを食べた。鬣がある分、他の動物と比べて食べ応えがあり、一番のお気に入りだった。
「性別は違えど双子でしょう。疎通しやすい事も多い気がするわ」
「兄は……厳しいんです。とても優しいし、私の為を思っての事だ……とは分かるんですけど」
鶉野は何も答えない。続きを待っているのか、微かに頷いた。
「……だから、悩みとかがあっても、やっぱり同性の友達に相談しますね。一番私の立場や、考え方が近いと思いますし」
「ズレているわよ。貴女」
えっ――問い返す京香。言葉の真意が分かりかねた。
ビスケットを何枚か食べ……鶉野は淡々と答えた。
「羽関さんが同性のご友人に相談をしたがる気持ちは理解出来る。でもね、相談という行為の目的を見失ってはいけないわ」
「そう……ですか?」
「本来、相談というものはね。他者が別角度から批評してくれなければ意味が無い。羽関さん、貴女は同性の友達は『私の立場に近い』と言ったわよね」
コクリと頷く京香。「それが危険なのよ」と鶉野は寸刻置かずに返した。
「立場が近しい相手に相談をする事を否定はしない。しないけど、相手の選定に偏りが出てしまうのは賢く無いわ。もし、貴女が重篤な過失を犯していたとして、立場も考え方も近い相手に相談したとする」
ここまで聴き……京香は鶉野の言わんとしている事を理解した。
「相談相手は、過失を犯した理由に気付かない……って事ですか?」
鶉野が頷く。奇妙な安心感を京香は覚えた。
「勿論、誰も気付かない、という事では無いわよ。事態の好転が難しい……と捉えた方が良いわね。幸い、貴女には同い年の、それも双子のお兄さんがいる。似ているようで全く違う、そんな相談相手がいる事は……貴女の強い武器になる」
言い終えた鶉野は箱に手を入れ……「あら」と首を傾げた。
「こんな事もあるのね」
開かれた手を覗き込む京香は、「あっ、凄い!」と思わず声を上げた。
「一つの箱に、ぺんぎんが二枚も入っていた」
吉兆ね――そう言って鶉野は二枚目のぺんぎんを、一枚目の横に並べて置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます