第10話:抜かれた二枚
靖江天狗堂に到着した頃に比べ――京香は鶉野との「距離」が若干、縮まったように思われた。
相変わらず笑みを浮かべたり、冗談を言ったりと普通の女子高生のような仕草を見せなかったが、それでも声色がほんの少しだけ……軽やかになっている気がした。
「並ぶようになったのね、《三ツ扇》。一年生の頃に探していたけど、なかなか見付からなかったのを思い出したわ」
サンプルの札を素早く捲る鶉野は、やがてこの賀留多の最大の特徴でもある「三ツ扇」の札をジッと見つめた。
四つの紋標の内、貨幣を意味する「オウル」の札。その二番目の札は実に奇妙である。札の半分を占める三つの扇は、互いに組み合わさって一つの円を形作る。これを支えるように、黒い楕円が山のように描かれていた。
かつては北陸地方で打たれたという《三ツ扇》は、数ある賀留多の中でも異彩を放つ、面妖な逸品である。
また……家紋の一種、「丸に三ツ扇」に酷似してもいるが、《三ツ扇》を制作した者が自身の家紋を描いたのか、それとも時の統治者のそれが「丸に三ツ扇」だったのか――全ては歴史という広大な海の一滴となり、後世に謎とエキセントリックな芸術美を伝えるばかりだった。
「久しぶりに、純粋に札が欲しくなったわ。……あぁ、安いのね」
「購買部には売っていませんからね……あ、そうだ。良かったらプレゼントしますよ、それ」
京香の申し出に、しかし鶉野は鬱々とした視線を彼女に向け、「いけないわ」とかぶりを振った。
「売り物でしょう。それに……キチンと代価を払いたい。三五〇〇円ね」
長財布から金を取り出そうとした鶉野に、「良いんですよ」と京香が笑い掛けた。
「言い方悪くなっちゃいますけど、それ、あんまり売れなくて……特価品コーナーに並ぶ寸前だったんです。お近付きの印にどうぞ。これからもご贔屓に、って事です」
京香の言う通り、《三ツ扇》は他の賀留多に比べ、明らかに動きが悪かった。以前訪れた客の一人が、「何か怖くない? この札」と発言したのを、京香はハッキリ憶えていた。訪れる客の八割が女子高生――花ヶ岡高生――という事もあり、可愛らしい札の方が回転は早かった。
鶉野は「受け取れない」の一点張りだった。収納する木箱は日焼けし、商品価値も大分に落ちているのは明白だが……どうしても鶉野は承諾しない。発生する恩を恐れているようだった。
「困りましたね……本当にタダで良いのに」
「困ったのは貴女の方よ。贈り物程、怖いものは無いのだから」
「怖くなんか無いですけど……じゃあ、こうしません?」
テーブルの方を指差し、京香が言った。
「賀留多を打って、鶉野さんが勝ったらタダ、私が勝ったら三五〇〇円でお売りします」
彼女の提案に……鶉野は何か言いたげな表情を浮かべたが、それも面倒になったのか、「仕方無いわね」と素っ気無く了解した。
椅子に座る鶉野を見やり――京香は口角を上げたくなった。
そう、これで良い。賀留多を打てば……打ち筋を見れば、どんな人間かが分かるもの……。
会話だけでは推測しかねる箇所――「原質」を、京香は賀留多闘技によって暴こうと画策していたのである。入学して早五ヶ月、彼女は立派な花ヶ岡の人間であった。
「それで……どんな技法で私を負かすつもりかしら」
京香は即座に《こいこい》と口にしようとして、しかし止めてしまった。あえて別の技法を採用する事で、ありふれた技法よりも炙り出される「事実」の数が多いように思えたからだ。
「……あの、《こいこい》じゃなくても良いですか?」
「《三ツ扇》を欲しがる女が、《こいこい》しか打てないように見える?」
つっけんどんな口振りに……不思議と京香は不快感を覚えない。むしろ安堵の方が強かった。
「じゃあ、最近クラスで流行っている――」
《いすり》で、お願いします。
鶉野が首肯したと同時に、京香は四八枚揃った《八八花》から《桐のカス》を二枚、抜き去り脇の方へ追いやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます