第5話:購買部にて

 花ヶ岡に通う生徒達が昼休みに取る行動は、大きく分けて三つに分類される。「雑談」「賀留多」「買い物」――である。


 雑談と賀留多は親和性が高く、「どちらが強いか」と真剣に打つ場合を除き、各教室に完備されている座布団と賀留多を持って来ては、気の合う友人同士でを作る。「さっきの授業はつまらなかった」「最近、あの子に彼氏が出来たらしい」などと情報交換をしつつ、点数計算の簡単で、手順もややこしくない技法を楽しむのだ。


 当然、本気で闘技をしたい……という生徒も少なくない。しかし、太陽の高い時間から真剣を望む者達にとって、打ち場の選定には苦労を要した。


 例えば当校の誇る唯一無二の公式打ち場、《金花会》は毎週金曜日のみ、それもに開帳される為、対象からは真っ先に外された。教室の隅でヒッソリと打つ……という手もあるが、他の生徒達が面白がって観戦してしまう事から、真剣の純度が落ちてしまう。


 空いている教室で打つ生徒もいたが、《目付役》に見付かると「な闘技では」と疑われてしまう事もあり、その都度説明するのが実に面倒だった。


 結局――《金花会》に参加して多少の花石を払い、会場の一部を間借りするか(目付役一人と軽食が付いて来る)、放課後を待って人気の少なくなった頃を見計らい、ヒッソリと闘技に勤しむしかなかった。


 真剣を打てるまで唯待つのも退屈だ……今日は何か買い物がしたい気分だ……様々な欲求を一気に満たしてくれる存在が、第三の選択肢――「購買部で買い物」であった。


 校舎横に建つ平たい――購買部は、花ヶ岡校生のニーズをキチンと抑える素晴らしき「福利厚生」である。元来が女子校の流れを汲む為、校章の入った櫛やリップクリーム、日焼け止めクリームは勿論の事、シャワールームで使えるシャンプーやコンディショナー、ヘアゴムから裁縫道具。挙げ句の果てにはまで並んでいた。


 男子禁制の感が否めない店内は、未だに男子生徒が気まずそうに買い物をする光景が散見され、完全な「共学制」へのシフトは、まだ遠い未来に思われた。しかしながら購買部も徐々に陳列棚の移動を始めており、書籍や賀留多コーナーは入り口近くとし、は店奥に配置された。


 生徒第一主義を掲げるの一部署として……購買部は日々、店内外問わず熱心に働くのである。


「いんやぁ、昼休みはやっぱり混むなぁ」


 眉をひそめながらも友膳は傍らの「期間限定!」と宣伝された菓子を手に取り、倉光が持つ籐籠に放り込んで行く。


「京ちゃんも好きでしょ、栗のやつ。二つ買っとこうか! あ、あとジュースでしょ、これは三つ……ついでにリップが無いから一つ……」


 景気良く商品が籠に入る度に、倉光の腕の位置が下がっていった。かなりの重量なのか、倉光の顔は渋かった。


「でも……友膳さん、本当に良いんですか? 私達にこんなに……」


 しーんぱいすんなっての! 友膳はニッコリ笑い、京香の肩を揺さぶる。髪に結ぶリボンが激しく揺れた。


「この前の金花会でさぁ、あっもう負けるわって思った時にね、が出て、はい倍付けご馳走様でーすみたいな! ちゃんと使わずにありがとーみたいな!」


《株札》の技法には明るくない京香だったが、要するに友膳は「大勝ち」をしたのだろうと推測した。


「こうやって勝った時は、友達に奢りまくるべきだっても言っていたし!」


「百花先輩? 可愛らしい名前ですね」


「いやいやいや。京ちゃん、ギャップ半端無いから、あの人絶対にヤバいから」


「でも、百花って名前を聞くと、って感じがしますよね」


 京香は「百花」という名前が作り出すイメージに、「きっと朗らかで優しい、頼れる先輩なのだろう」と微笑んだ。


 友膳が籠を持ってレジ前の列に加わり、倉光は「漫画見て来るね」と書籍コーナーに歩いて行った。友膳の会計が終わり次第、すぐに荷物持ちを手伝おうと考えていた京香は、レジの近くで工芸部の作った小物を眺めていたが……。


 何処からか、聞き憶えのある「男子生徒」の声が近付いて来た。声の主は誰かと話しているらしく、時折笑いながら――。


「おっ、京香さんだ。買い物かい?」


 京香の名を呼び、気軽に笑い掛けて来た。かつて重大な事柄を競って闘技を行い、座布団の上で互いの性質を分かり合えたはずの……近江龍一郎少年だった。


 ……さん、か――振り返った京香は俄に絶句し、目を見開いて龍一郎の傍に立つ友人、「一重トセ」を凝視してしまった。


「やっほー、京香ちゃん! どしたんだい? そんな顔して?」


「えっ……あ、いや……何でも無いです……」


 京香は歪な作り笑いを浮かべ――二人に会釈した。

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