第2話:六〇倍の時間へ
続く如月戦、龍一郎は「トントン拍子」で羽関妹に敗北した。
再び手札に入った《桜に幕》更には《芒に月》を回収出来たにも関わらず、あっさりと相手は《菊に盃》を起こし、カス札と共に財産とした。加速するように羽関妹は次々とカス札を集めていき……。
「勝負です」
彼女が打ち出した《桐のカス》は起きて来た《桐のカス》と合わさり、加算役のカスが完成した。既に持っていた盃の札を算入し、果たして羽関妹は二文を勝ち取った。
「如月戦、終了でございます。羽関さん、《カス》に加算が一枚により二文の獲得です。差は四文、近江さんの優勢です」
吉野田が淡々と両者の文数を読み上げた。
必死に引き寄せた流れを、いとも容易く堰き止められるとは……龍一郎は居住まいを正す羽関妹を見やり、底の見えない「打ち筋」を何とか看破出来ぬものかと難儀していた。
これも相手の陽動か? それとも単なる「幸運」か? いや、彼女程の打ち手ならあるいは……まさかこの思考までも……読まれているのか――龍一郎は思考を巡らせる。
「それでは、引き続き弥生戦を開始します」
気付くと龍一郎は場札、手札が既に配られているのを認めた。
ほんの少しだけ打ち手に与えられた休息時間、それを全て「惑い」に奪われたのである。慌てて手札を開き、場札と照らし合わせて戦略を練ろうとした矢先であった。
羽関妹はまたしても《柳に小野道風》を手中に収めたのである。この事象に龍一郎は一層の戸惑いを覚えた。
如月戦でも彼女は取った、まるで俺から小野道風を取り上げるように……。
三回に渡って自分の「理解者」が、いそいそと相手の方へと歩いて行く。
偶然だ、当たり前のように――彼は考える。
しかしながら微量でも困惑が混ざる戦略に意味は無く、果たして今回も安手であるタンを先に作られてしまった。
手札に《菊に盃》があるから大丈夫だ……その弱気で愚かな慢心が招いた「敗北」であった。
「弥生戦、終了でございます。羽関さん、《タン》により一文の獲得です。差は三文、近江さんの優勢です」
優勢なものか――龍一郎は呼吸を整えるように、一杯に深呼吸をして札を吉野田に渡す。
肺に満ちた空気以外の「不純物」を吐き出そうと躍起になり、それから龍一郎は二度、大袈裟な空気交換を行ったのである。
一二ヶ月戦の四分の一が終わり、二人の打ち手にある変化が生じた。
龍一郎は眼光が開始時に比べて鋭さを増し、一方の羽関妹は幾分か表情が軟化したのである。
両者の変容を最初に悟ったのは――本闘技のもう一人の当事者……一重トセだった。
最早賀留多を打っているという次元の目では無い――トセは龍一郎の双眼を見つめて思う。そして対峙する相手の「余裕」を彼女は肌で感じ取り、恐れていた。
学校で賀留多が打てなくなる、叔父さんの賀留多屋が潰れるかもしれない……それらの重大な事情を纏めても、「全力で賀留多を打つ」という私情を抑える事が出来ない。
きっと私以上に――京香ちゃんは、賀留多を愛している。リュウ君、このままだと……。
また、貴方が負けてしまう――。トセは唇を微かに震わせた。
吉野田の号令により、寸刻を置かずに卯月戦が開始された。
一秒が一分、一分が一〇分にまで感じられる程の濃密さを誇る闘技。
六〇倍の時間を駆け抜ける龍一郎達にとって、「精神的持続力」は必須の要素であった。
それらがほんの少しでも揺らげば、文数という実体によって「お前が下だ」と打ちのめされるのだ。
卯月戦、四度目の対局で揺らいだのは龍一郎の方だった。
「こいこいです」
羽関妹は《三光》を二手目にして完成させた時、一秒の間も置かずにそう告げた。
七文以上倍付けの規則を大いに利用する彼女を、そして「早三光こいこい無し」の格言を容易に粉砕する打ち筋を……龍一郎は嫌うように短冊札の回収に勤しんだ。
嫌う――この感情を抱いた時点でその者の「弱み」が露呈するのと同義であった。
「タネ……勝負します」
果たして羽関妹は龍一郎の出した《藤に郭公》を踏み抜き、六文に一文を加えて勝負とした。規定に則り彼女の獲得文数は一四文、一気に龍一郎を突き放したのである。
「卯月戦、終了でございます。羽関さん、《三光》《タネ》、倍付けにより一四文獲得です。差は一一文、羽関さんの優勢です」
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