第7話:最悪の敵

「……ど、どうして京香ちゃんが……」


 トセの嘆くような声に、羽関妹はビクリと肩を震わせた。目代と宇良川もを悟ったらしく、トセの方を見やる。


「はい……前に話した靖江天狗堂の親戚の子……羽関京香ちゃんです」


 間瀬は羽関妹の横に立つと、震える肩にソッと手を触れた。


「とってもな子だったのよ? 少し……靖江天狗堂の今後についてお話したら、二つ返事で代打ちを引き受けてくれたの。優しいでしょう?」


 今後……? 龍一郎の低い声に間瀬は「そう、今後よ」と軽く答えた。


「実は今、購買部に賀留多コーナーのを提案しているのよ。靖江天狗堂にとって我が校は最大の取引先、でももし花ヶ岡が取引を止めたら……小さなお店はコロッと傾くかもしれないじゃない? でも私だって鬼じゃないのよ、だから羽関さんに事前に提案したの。代打ちを引き受けてくれたら、特別に販売を許可するってね」


 龍一郎は「要するに」と間瀬を睨め付けた。


「どちらが勝っても、は潰されるって事ですか」


 うーん……と、間瀬は悩むような仕草を見せた後、龍一郎に向かってウインクをした。


「ご名答っ」




 俺が勝てば靖江天狗堂の経営は大打撃を受け、経営は斜陽の一途を辿る事になる。


 逆に羽関妹が勝てば俺達の嫌疑は晴れず、署名の強制と虚偽の証拠を立てられてしまい、賀留多の撤廃計画が進む。


 共倒れありきという事か――この女、嘗めていた。




「酒田の素晴らしい進言があってこそなのよ。《札問い》を利用したらどうですか……ってね。私が賀留多にちょっと弱い事ぐらい、二年生の頃から知っているもの」


 でも私は優しいのよ……間瀬は一身に受ける鋭い眼光に厭わずに続けた。


「靖江天狗堂の延命か、賀留多文化の延命か……ごくごく短い期間だけど、どちらかを残してあげるの。この闘技も思い出作りとして最適でしょう?」


 龍一郎と羽関妹を戦わせ、互いに確執が生まれる事を望む――間瀬は決して声に出さなかったが、内心そう思っているに違い無かった。


「情けないわぁ」宇良川が突然に口を開いた。柔和な表情を浮かべてはいるが……全身から殺気を放っているのが明白だった。


「たかがになったぐらいで賀留多を恨むなんて……こんな人が先輩だなんて、情けなくて情けなくて……悲しくなるわぁ」


 田子作姫――その単語が間瀬の表情を一変させた。憤怒の形相を湛える間瀬に、宇良川は構わず続けた。


「救国の姫を演じた貴女が、今では学校の文化を破壊しようとしている……それに先週の貴女を見ていると、賀留多を心底嫌ってはいないみたい……色々と矛盾があるわねぇ」


「誰から聞いたか知らないけど、その話も間違いじゃない。先週のあれは、あんた達を欺く作戦なのよ、まんまと嵌まったあんた達が悪いという事よ! それに……私だけじゃない、賀留多によって一体何人の生徒が不幸になったと思う? あんたなら分かるでしょう、!」


 目代は目を見開いた。寝癖が力無く倒れ込み――俯き、悔しそうに両手を握っていた。


「私が憎いなら憎んで結構! 仕方の無い犠牲よ、賀留多は人を不幸にさせるものじゃない、楽しくさせてこそよ! 《札問い》で負けた人の気持ちを考えた事がある? 大好きな賀留多に頼って、裏切られて! それでも好きだって言える人が何処にいるの!?」


「いるじゃないですか、そこに」


 間瀬は「はぁ?」と荒い声色で龍一郎に問い返す。


「間瀬さんは賀留多が好きなんでしょう? 自分で言ったじゃないですか、『賀留多が好きだ』って。宇良川さんの言う通り、矛盾していますよ」


 それに――彼は間瀬に歩み寄って続けた。


「賀留多を本当に廃絶させたいのなら、今すぐにでも職員室に駆け込めば良いんです。賭事をしている、要らぬトラブルを起こしている――って。影の文化を壊すなら、表から真っ向勝負でぶつかるしかありませんよ。もしかして間瀬さん――」


 誰かに止めて欲しいのではありませんか? 龍一郎の言葉に口を噤んでいた間瀬だったが、「生意気言うんじゃないわよ!」と怒鳴り返した。


「口から出任せもいい加減にしなさい! ただ勝てば良いと考えているあんた達に、私の考えを理解して貰おうなんて思っちゃいないわ!」


「出任せじゃありません。……一つ、お願いがあります。俺が負けたら全力で賀留多撤廃に協力します、俺が裏切れば停学なり何なり、どんな処罰も受けて構いません。念書だって書きます。もし俺が勝てば……賀留多文化を、もう一度受け入れてくれませんか」


 間瀬が口を開こうとした時、「私も」と声を上げる者がいた。龍一郎と同じく嫌疑を掛けられているトセだった。


「私も……私も協力します! 私だって当事者です、彼の考えに賛成します! 間瀬先輩、もう一回考え直してください! 同じ賀留多を愛する者として、この文化を壊すのは余りに勿体無いです!」


「な、何をあんた達は……」


 間瀬さん――凜とした声が部室に響いた。間瀬が即座に横を向くと、羽関妹が何かを決心したような表情を浮かべていた。


「私からもお願い致します。叔父には……万が一もあると話しておきます、どうか私が代打ちを全力でお引き受け出来るよう……取り計らいをお願い致します」


「ちょっと羽関さん、私を裏切るの? どうせわざと負けようって思っているんでしょう、そんなの見透かしているのよ!」


 いいえ……羽関妹が間を置かず答えた。澄んだ双眼が間瀬を見据えていた。


「私も賀留多をこよなく愛しております。神聖な打ち場でわざと負ける、八百長じみた事をすれば、それこそ賀留多を冒涜してしまいます。理由はどうあれ、私を頼ってくださいました間瀬さんを、更には座布団を囲んでくださる近江さんにも、絶対に失礼は無いよう……全力を以て打たせて頂きます。どうか――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る