第6話:秘密兵器

 次週、月曜日の放課後。


 龍一郎はトセ、目代、宇良川達と共に部室である人物の訪問を待ち受けていた。密かな反目を企む監査部員、酒田との会話を反芻する龍一郎は、鞄に下げている赤チョロストラップを指で突いた。




 部長の事ですから、来週の月曜日にでも貴方達の部室に押し掛け、「話は終わっていない」と怒り出すでしょう。


 そこで部長が「《札問い》で決着しよう」と言うように。このまま計画が進めば、学校は間違い無くパニックになります。どうか部長を――。




「ちゃんと来るのかな、間瀬先輩」


 目代と二人で彼女の育成に尽力したトセは、龍一郎の方を見やって言った。


「あの人、打ち筋が余りに乱暴なんだよね、損していると思うな」


「まぁ、良いじゃない? あんまり強くなられたら面倒を被るのは私達だからねぇ、才能が無いのも、一つの強み……という見方も出来るわぁ」


 宇良川の言葉に同調したのか、目代もココアを飲みながらゆっくりと頷いた。


 最近になり、多少目の隈が薄くなってきたのを認めた龍一郎は、「ココアのお陰で安眠出来ているのか」と一人ほくそ笑んでいた。


「そういえばぁ、誰が打つのかしらぁ? 今の内に決めておくぅ?」


「あぁ、そうでしたね。札を捲って決めます?」


 賛成! トセが元気良く手を挙げ、目代と宇良川も笑顔で首肯した。《八八花》を切っている間、龍一郎は自分の口から自然と「札を捲って決めようか」という提案が突いて出た事に、今更ながら内心驚いていた。


「……よし、と。じゃあ反時計回りで引いていきましょうか。目代さんからどうぞ」


 目代が両手を握り合わせ、その隙間を覗き込む。その験担ぎはジャンケンに使うものでは……と思いつつ、龍一郎は少女じみた様子の目代を眺めていた。その刹那であった。


「お邪魔するわよっ!」


 大声と共にドアが勢いよく開かれた。ドアノブが壁に激突するのと同時に、目代も驚嘆の余り額に手をぶつけたらしかった。


「あらぁ、いらっしゃいませ間瀬部長さん。それと……も一緒ねぇ」


 計画通りに彼女を連れて来たらしい酒田は、しかしながら……どうにも顔色が優れないようだった。


 龍一郎は即座にその異変に気付き、俄に顔を曇らせる。


「先週は講義をどうもありがとう! でもね、話はまだ終わっていないのよ! そこで今日は狡いあんた達に、素晴らしい提案を持って来たという訳!」


 一応最初に礼を言う辺り、彼女はやはり根は真面目らしかった。トセと目代はペコリと頭を下げると、釣られて間瀬も目礼した。


「本当にこれは素晴らしい提案よ……何たってあんた達の土俵である《札問い》で、どちらが正しいかを決めるからよ!」


「えぇっ、本当ですかー」


 トセがわざとらしく驚き、目代もメモ用紙に大きく「本当にですか」と記して間瀬に見せ付ける。二人の反応が気持ち良いらしく、間瀬は「フンッ」と鼻息荒く胸を反った。


「勿論、札はネットで注文したものを一回に一個、計使うわ。私達が負ければ一年生二人に対する嫌疑は忘れる、逆に勝てば撤廃計画の書類に署名して貰う、これで良いかしら? というか、んだけど誰か知らない?」


 ちょっと分からないですねぇ、と微笑んで答える宇良川だが、彼女こそが書類を勝手に裁断した張本人である。


「まぁ、新しく署名を集めるから良いけど。注文したものが届くのは三日後、加えて準備も含めて……そうね、決戦は今週の金曜日でどうかしら?」


 姫天狗友の会を仕切る目代が頷いた。間瀬はニヤリと口角を上げ、「それはそうと」と代打ち達四人を見渡した。


「こちらから譲歩しているんだもの、代表者はさせて貰うわよ」


 目代がメモ用紙にスラスラと「ご自由に」と記す。「その言葉を待っていたわ」と間瀬は満足げに頷き、端にいた龍一郎を見据え……「近江君、あんたよ」と嫌らしく笑った。


「負け無しの近江君にぃ? ……大丈夫ですかぁ?」


 コツコツと自らの頭を叩く宇良川、対する間瀬は不気味な笑顔を浮かべるだけだった。




 何故、勝率が一〇割である俺を選んだのか? それ程までに絶対の自信があるというのか、この女は――いや、待て! まだ肝心な事を聞いていなかったぞ!




「ちょ、ちょっと待ってください!」


 焦る龍一郎にトセ達は小首を傾げた。しかしながら間瀬は表情を変えず、後ろの酒田は申し訳無さそうに俯いていた。


「何かしら? まさか打てないって訳じゃあないわよねぇ……」


「違います――俺は、間瀬さんと打つって事ですよね?」


 その質問を受けたかった……間瀬はそう言わんばかりに満面の笑みを浮かべると、「ねぇ近江君」と猫撫で声で言った。


「《札問い》のルール、知っているかしら……? 、代打ちを立てられるって……」


 トセ達の表情が強張るのを認めた間瀬は、「あんた達に頼むと思った?」と目を細めた。


「私、こういう職務に就いているから……色々と話が耳に入るのよね。という事は……もお見通し、っていう訳ね?」


 高らかに歌い上げるように、間瀬は目を閉じて続けた。


「言うなれば私は広く俯瞰出来るのよ、代打ちは座布団の前に座る人しか見えないけど、私は違う。様々な情報源から必要なデータを得られるの、しかも――利用出来るのよ?」


 顔をしかめる龍一郎の前に立ち、背の低い間瀬はある種の艶っぽい表情で彼を見上げた。


「今回、近江君と打つ人……誰だか知りたい? とっても因果なものよ、ただ私が黙って指を咥えているだけだと思ったら……大間違いなのよぉ? フフッ」


 秘密兵器をお見せするわ――間瀬がペチンと指を鳴らすと、酒田は沈痛そうな面持ちで一旦ドアを開け、「お願いします」と廊下に向けて言った。


 謎の助っ人が姿を現した瞬間――龍一郎とトセの顔が一気に青ざめた。


 スラリとした体型に艶やかな髪、その末端で緩く結んだ……。


 一度の博戯に花石を一〇〇個、平気で賭けられる程の胆力を持ち、果たして龍一郎達と友情を育んだ女――。


 一年生、羽関京香が俯きながら現れた。

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