第4話:二〇五〇の鉄壁

 座布団の中で季節は移ろい、山々が生気に満ちる夏が、暖色に色付く秋が、そして冷たい雨が降り出し――やがては綿のような雪に成り果てる冬が来た。


 龍一郎の打ち筋はまさに鬼神の如き様相を示す。


 敵の求める札を踏み荒らしては上がり、起こした札は即座に撃ち抜くという、《こいこい》における基本戦略を徹底的に踏襲したものであったが――返ってそれは堂に入り、龍一郎の手の中に「必勝の大海」を創り出していた。


 一月、一月を越していく内に大見良の顔色は悪くなり、師走へともつれ込んだ時……。


「おかしい……おかしいな、おかしい……君達グルになっているんだよね、おかしいおかしい……何かがおかしい……」


 互いの文数が四〇以上に開いていた。


 眼球が慌ただしく泳ぐ大見良は、龍一郎と目付役である斗路の結託を疑い始めた。唯一の観客である左山は彼女の変質に呆れたのか、哀れむような目でブツブツと呟くを見つめていた。


「それでは最終月、師走戦を開始と致します」


「待ってよ……ねぇ一年生、君が勝っても誰も得しないんだよ? 分かっているの?」


 龍一郎は配られた手札から目を離さない。


 大見良の余りに稚拙かつ捨て身の《三味線》に飽いているのもあったが、完璧に勝利するべく、局面の分析に勤しんでいたからだ。


「私、この後にどうすると思う? みーんな道連れにして生徒会に駆け込むんだよ、それで良いんだよね?」


「お、大見良さん……」


「大体何なのさ、あんた! 左山ちゃんがこんな余計な事するからだよ? あんたが私達の友情を壊したからいけないんだ、……そうだよ、これは天罰だよ、どっちみちここにいる奴も、アイツらも退学するんだよ!」


 龍一郎、斗路はしかし目線を場札から動かさず、喚く大見良の方を向く事は無かった。


「アイツらは私の手の内さ、ちょっと脅してやればすぐに力を貸してくれる!」


 そうだ、と大見良は鞄の中から巾着袋を三つ取り出し、龍一郎達を順番に見やった。


「取引き、してあげても良いよ。一五〇個くらいは入っている袋を、皆に一つずつプレゼントするよ。足りないって言うなら二つずつあげても良い、悪い話じゃないでしょ? ここは皆で大人になってさ、何も知らず楽しく暮らしていこうよ……?」


 目付役の斗路にすら賄賂を渡そうとする大見良は、既に正気を保つ事が出来ていなかった。斗路は巾着袋を一つ手に取ると、恭しい手付きで中を検めた。


「どう? あんたも欲しいよね? 受付ばかりしていちゃつまらないよね? たまにはパァーッと散財してさ、楽しく――」


「大見良さん。賄賂とは、飢えた者へのみ通じる、策を弄しないでございます」


 斗路は内ポケットから小さな冊子(預金通帳によく似ているものであった)を取り出し、あるページを捲って座布団の上に置いた。


「……がどうしたのさ……」


「折角のご提案、大変心苦しいのですが、返答は『却下』とさせて頂きます」


 初めて見る花石の通帳、そこに書かれている額面を見て龍一郎は目を見開いた。昨年の一二月を最後に記帳はされておらず、最終残高はとなっていた。




 化け物だ、この人は――。




「……あぁそう、あぁそうなんだ良かったね! でもそんなの幾らあったって、私が生徒会に行けば何とでもなるんだ、あんたなんて一瞬で消し飛ばされて――」


「あら、ご存じありませんでしたか? 私、の相談役を務めておりますが」


 はぁ……? 大見良の顔が青を通り越し――紙のような白色へと変わった。龍一郎は四月の段階で生徒会の活動内容を学んでおり、「会計部」という部署も無論知っていた。


「生徒会及び全校生徒の参加する、各種催事に使用される資金の管理」……それだけではないのか? 龍一郎は思わず斗路を見上げた。


「まだ入学されて間も無い近江さんは無理もありません。……会計部は全校集会でもお話した通り、適切な金銭の流れを管理する部署ではありますが……もう一つ、我が校の伝統である賀留多、《札問い》、金花会、花石の管理も全て執り行う部署でございます。いつの世も絶対的な強さを持つお金、それと同等の価値を孕む花石を取り仕切る部署は、結局のところ――」


 斗路は柔和な相貌で龍一郎に微笑んだ。


「全ての権力を持つのでございます」

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