第3話:「きんご」の夕暮れ
逢魔が時の花ヶ岡高校、その三階奥の部室にて。
「何もしないのも勿体無いわねぇ」という宇良川の一声で、新たに代打ちとして仲間入りした龍一郎の歓迎会も兼ね、姫天狗友の会メンバーはある闘技を始めた。
「姐さんたら、打ちたかったんでしょう、《きんご》を? 言えば良いのにぃ」
照れているのか、目代の寝癖が右に左にぴょこぴょこと動いている。
「じゃあ僭越ながら、私が近江君に技法を授けよう! 安心してね、難しくはないからさ」
トセは昨日に目代が本棚から取り出した『花ヶ岡賀留多技法網羅集』を机に置き、龍一郎の横に座って「まずはね」と嬉しげに説明を始めた。
彼女の髪がフワリと揺れる度、香ってくる匂いに気を取られないよう、龍一郎は努めて分厚い本の図面を見つめていた。
「トランプのブラックジャック、分かるかな。あれと根っこは一緒なんだよ、配られた札の数で一五に近付ける。一六以上になれば《バレタ》と言って負け、色々と出来役もあるんだけど、今回は分かりやすい《きんご三倍》だけを採用しよう」
最初は一緒にやろうね――親役を目代に頼むと、龍一郎の札を開いて確認した。
「《紅葉に短冊》って事は……一〇月だから数字は一〇、って訳か」
「そうそう、飲み込み早いね。花札で《きんご》を打つ場合、柳と桐の八枚を抜かなきゃならないんだけど……近江君の札は一〇、いきなり最高値が出ちゃったね」
目代は続いて更に一枚ずつ、自分と宇良川、龍一郎達に札を配る。
「本によれば……最低でも二枚は引く事……か――うわっ、《バレタ》だよ……」
龍一郎達に当たった札は《芒に雁》、即ち八の札である。
彼らの持つ数字と合算すれば一八、規定数である一五を超えた為に負け――という結果になった。
「あちゃー、残念だったね。二枚は引かなきゃならないし、かといって出来役も美味しいし……単純だけど、読みと勘を最大限まで利かせなきゃならないんだよね」
勝負から下ろされた龍一郎達は、静かな戦いを続けている目代と宇良川に目をやった。
「姐さん、もう一枚頂けます?」
自身も一枚欲しいらしく、厳かな手付きで手元に、更に宇良川の方へ札を配布する目代。
「……姐さん、この勝負、私の勝ちという事になりましたわぁ!」
勢いよく三枚の札を叩き付ける宇良川。
桜の札が二枚、菊の札が一枚……合計一五と相成ったのである。
「おぉ、これで宇良川さんの勝利って事なんだよな」
トセは「チッチッ」とかぶりを振った。
「《タメ》と言って引き分けになる事もある。目代先輩が同じく一五を出せば、だけどね」
表情を一切変えない目代は宇良川の方を見据え……手元の札をゆっくりと晒した。
「……姐さん、意地悪いわぁ。《きんご》、出来ていたのですねぇ、それも菖蒲だけで」
目代の手札は全て菖蒲の札、所謂三枚の五月札のみで一五を完成――一五となる事を《きんご》と言う――させていたのだ。
顔色一つ変えず、淡々と目当ての札を待ち構えるその姿勢は、龍一郎にとってまさに正銘の「勝負師」の如く映った。
「本当は細かい出来役とか、親と子の優位とかが絡んでくるんだ。でもここは金花会ではないし、まずは色んな打ち方を近江君に学んで欲しいんだ」
なるほど――と頷き掛け、「色んな?」と龍一郎は首を傾げた。
「そう、色んな技法……をね。《札問い》で採用される技法は
沢山の技法を知っていれば楽しいよ!
トセは屈託の無い笑みで龍一郎に言った。
純粋に賀留多を楽しもうとする彼女の表情に、龍一郎は実に弱かった。気恥ずかしくなり視線を外した先には宇良川がいて――ニヤニヤと笑っていた。
「おトセちゃんの言う通りよぉ近江君? 何も代打ちだからって、私達はいつでもドスを構えている訳ではありませんからぁ。ねぇ、目代姐さん?」
目代の寝癖が上下に動く。メモ用紙を取り出し、得意の筆談で宇良川の言葉に賛同した。
「『この会も、元々は賀留多が大好きな人で作った同好会が始まりらしいよ。本来の主旨に則って、一杯楽しもうねっ!』……」
文末に描かれたハートマークが可愛らしく光っていた。
そうか、別に毎日ピリピリしている必要は無いんだよな……龍一郎は幾分か気楽になり、「もう一度やりましょう」と三人に笑い掛けた。皆が一様に頷き、目代が札を配り始めた……。
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