第68話「2階の教室」

 花壇を眺めながら先生が小走りで走った道をゆっくりと歩くと目の前に生徒用の玄関がある。3つほどあるスライド式ドアのうち一つだけ開いていた。先ほど鈴木先生が開けておいてくれたのだろう。

 その鈴木先生は窓越しに玄関近くの職員室の様子を覗くと忙しそうに段ボールに教科書などを入れていた。他の先生方はこちらに気付く暇もないくらい忙しいというように椅子に座って目の前の書類と睨めっこをしている。


 玄関を開けて中へと入ると学年ごとに場所が分けられた幾つもの下駄箱との横に広い来客用の広いスペースと事務室の受付があり事務の受付の左隣にスリッパが備え付けられていた。事務室は明かりがついているものの開く気配がない。やはり先生が話を通しておいてくれたのだろう。


 二人で来客用のスリッパに履き替えて校内を歩く。まず目に入ったのは玄関にドン! と置かれているピアノだ。何故ここにあるのかは学校の7不思議の1つだとかそうじゃないとか。


「まだピアノあるんだね」


「ここで合唱の練習したな~」


 美里さんが懐かしそうに口にする。


「さてと、じゃあ何処に行こうか? 」


「修三君は何処へ行きたい? 」


 美里さんが尋ねるのでオレは心に引っかかっていることを解消しようと決意して口を開く。


「2階の教室に行こう」


 彼女はそれを聞いて戸惑いながらも小さく頷いた。


 少し歩いて階段を登って2階の教室へと向かう。春休みというのもあって校内には誰もいないようだった。オレは2年2組と書かれた教室の窓から廊下越しに二人で教室を眺める。教室内はあのことと変わらず机や椅子に教卓があった。しばらくしてオレは美里さんの目を見つめて口を開く。


「美里さん、ずっと言おうと思っていたんだけどあの時は美里さんのことを無視してごめんね」


 オレは美里さんに頭を下げる。そう、オレは一度美里さんを無視したことがあったのだ。彼女が勇気を出して話しかけてくれたであろうにも関わらずだ。そのことをずっと避けてきたけど今謝らなければ一生後悔すると思った。


「顔を上げて、修三君」


 美里さんがそう言いながら優しくオレの肩に両手を置く。言われるままに顔を上げると美里さんはオレを抱き寄せた。


「修三君は本当に真面目で優しいね。悪いのは修三君の気持ちを察することができなかった私だから気にしなくていいんだよ、私が勝手にしたことなのにごめんね」


 涙ながらにそう言った。


「……じゃあ、次は私の番だね」


 しばらくして美里さんが口を開く。そう言うとこちらに笑いかけてゆっくりと歩き出した。美里さんは教室を抜け階段を登る。美里さんは3階を越えて屋上へと向かう4階への階段へと足をかけたのをみて彼女がどこへ向かおうとしているのか確信した。


 そのまま階段を登ると4階への屋上への扉が視界に入る。屋上への扉と言っても記憶の限りでは3年間でこの扉が開いたことはなくおそらくこれまでも空いたことがないのだろう。前訪れたときの様に机と椅子が積み上げられていた。


 美里さんはあと一歩で階段を登りきるというところでふと足を止めた。


「懐かしいね、覚えてるこの場所? 」


 ふと美里さんが尋ねる。オレは彼女にかける言葉が見つからず「覚えてるよ」とだけ答えた。


 美里さんはふとオレの方を振り返る。そのまま美里さんは涙を流しながら言った。


「あの時は私を見つけてくれて……いじめられていた私を助けてくれてありがとう」


 あの日と同じように夕陽が差し込んでいた。





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